弁護士由井照彦のブログ

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不正合格の後始末-法律による行政の悩ましさ

 記事の山梨市長の件は、元妻が山梨県警ではなく、警視庁に逮捕されて、その後やはり警視庁が市長本人を不正採用の件で逮捕していることからは、そもそも贈収賄事件を目標として警視庁が捜査していたようにも思われますが、それはともかく、不正合格させてもらった市職員を今後どうするのか?は法的には意外と深い問題です。

つまり、「お前は本来点数足りて無かったんだから、クビだ❗」と言えるのか?ということです。

市職員の採用は「任用」という行政処分の1つです。逆にクビにすることは解雇ではなく「免職」という行政処分です。ただ、「免職」については、どのような理由があれば免職処分が出来るのかが地方公務員法で定められており、その中に「実は採用試験の点が足りなかった」場合に適用できる理由はありません。 したがって、今回問題となっている不正合格者については、免職処分ができません。

そのため、クビにするとすれば、「採用(任用)処分を取り消す」ということになります。 しかし、地方公務員法には「任用処分取消し」を直接に定めた規定が無いため、そんなことができるのか?してもいいのか?が法的に問題となる訳です。

行政というのは、その定義が「国家作用から立法作用と司法作用を除いたもの」とされているくらい、幅広い領域で活動します。そのため、放置するとドンドン暴走する可能性を含んでいて、行政は公的権力そのものですから、暴走した場合に国民・市民の利益が害される程度は非常に高くなります。 この暴走を防ぐために、行政が絶対に従わなければならないとされている大原則が「法律による行政の原理」です。つまり、

「行政活動は、法律に基づき、法律に従って行われなければならない」

とされているのです。

これは中学校で習う三権分立の「国会は法律を作り、行政はそれを執行する」というフレーズからも理解しやすいと思います。

この「法律による行政の原理」が我が国の行政の大原則です。 しかし、問題はそこでは終わりません。先ほど書いた通り、行政は様々な領域で活動しており、また、災害対策など即時に対応しなければならない場合も多く、一々法律が作られるのを要望したり、待ったりするのは現実的ではありません。 そのため、法律による行政の原理が強く働く場面は限定される、と考えられています。法律による行政の原理は行政の暴走による国民・市民の利益が害される=侵害されるから必要とされる原理なので、それを強く働かせなければならないのは

「個人の権利を制約し、義務を課すような侵害行政」

についてだと考えられています。侵害行政については法律の根拠が必要である、という原則を「侵害留保原理」といいます。 ここで注意しなければならないのは、「侵害留保原理」は「法律による行政の原理」の内容の1つに過ぎない、ということです。つまり、法律による行政の原理の方が内容が多く、かつ、より大事で重視しなければならない、ということです。

さて、今回、不正に採用試験に合格し、市職員として働いている人に対して、「任用取消し処分」をするということは、その人から職を取り上げ、生活の糧を得る術を失わせるのですから、「個人の権利を制限する」場合に当たるように思えます。 そうすると、侵害留保原理からは、任用取消しについて、どのようなときにそれができるのかを法律で定めておかなければならない、と言うことになりそうです。

しかし、地方公務員法にはそのような規定はありません。では、任用処分取消しは出来ないのか?というともう少し深く考える必要があります。 つまり、行政の大原則は「法律による行政の原理」です。そして、任用処分は、それに先行する採用試験に合格しなければなりません。試験については地方公務員法に規定があります。 今回、不正合格していた人は、法律上、本来合格していないのに、「合格した」とされていたのですから、これは「違法状態」に他なりません。

「法律による行政の原理」なのですから、違法状態は是正しなければなりません。是正することこそが「法律による行政の原理」の要請です。 そうすると、合格→任用処分を取り消すことは法律による行政の原理からは当然できる、とするのが同原理に忠実です。 したがって、任用処分取消しの規定が無くとも、(新しい)市長は不正合格者に対して、任用取消し処分ができる、ということになります。

しかし、問題は更に続きます。 理屈では上記の通り、任用取消し処分は出来ますが、それを形式的に貫き、どんな事情があっても、取り消される者の利益をどこまでも奪って良いのか?は大きな問題として残るのです。 例えば、

その人は不正があったとは知らず(親がそっと賄賂をしていた等)、

奉職後必死に働き、

行政でしか使われない技能を身につけ(逆に言えば民間で活かせる技能を身につける機会が無く)、

長期間働いて、

最近、ローンを組んでバリアフリー住宅を建てて、家で老親を介護している、

というような人を、何年も前の採用試験の瑕疵を理由に機械的に任用取消し処分をすることが正義に資するとは言えない場合もあります。 したがって、形式的には任用取消しができますが、その取消権行使が制限される場合も当然あると考えることになります。

実際には、任用取消により得られる利益と、これによって影響を受ける取り消される側の不利益とを比較考量するという、非常に難しい判断が要求されることになります。。

sp.yomiuri.co.jp

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