弁護士由井照彦のブログ

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親子って何?−300日問題の背景−その1

親子って何?−300日問題の背景−その1

記事のとおり、いわゆる300日問題について、その背景又は原因とされる嫡出推定制度の合憲性について正面から争われた裁判の判決が29日に出されるようです。

そこで、300日問題について何回かに分けて説明しようと思います。300日問題そのものを説明する前に、今回はまず300日問題の背景又は原因とされる嫡出推定制度の存在理由を説明しようと思います。

嫡出推定とは、

民法772条「①妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」

という制度です。わかりやすく言うと、女性が婚姻中又は婚姻期間後一定期間に出産した子は戸籍上の夫(離婚後であれば元夫)の子であると「推定」するのです。「推定」といってもこれが覆されるのは非常に限定的であり、

民法774条「第七百七十二条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。」

民法775条「前条の規定による否認権は、子又は親権を行う母に対する嫡出否認の訴えによって行う。」

民法776条「夫は、子の出生後において、その嫡出であることを承認したときは、その否認権を失う。」

民法777条「嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならない。」

 つまり、

①夫しか否認できない(主体の限定)

②訴訟によらなければならない(手段の限定)

③一度でも「自分の子」と認めれば否認できない(機会の限定)

④提訴は1年以内(期間の限定)

という非常に限定的な場合にしか、嫡出性の否認=「自分の子でないと主張」はできないわけです。(次回以降説明するとおり、他の手段が無いわけではありません)。

さて、このような嫡出推定制度はなぜ定められているのか?を考えるには、「親子とは何か?」という深遠な問題を検討しなければなりません。

親子について定める基本規定は、

民法820条「親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。」

です。

「義務を負う」ということからわかるとおり、我が国では子を育てるのは親の責務・義務です。逆に言うと、国家は子育てをする親を補助・援助することはあっても、子育ての責任を負うことは原則としてありません。

これを

「子」視点から見れば「親を定めることが子の福祉」

ということになり、

国家の視点から見れば「子の育成のために『親』を定めなければならない」

ということになります。

これらの視点からは、子が産まれる度に親かどうか?が争われたり、一旦「親」とされた者が「親でなくなる」たりする事態は出来る限り避けなければなりません。つまり、子の「親」がある意味『自動的』に定められ、なおかつ簡単にはその責任を免れられない制度が要請されることになります。

注意すべきなのは、上記の理屈には「親の遺伝子を継ぐ者が子」という視点は少なくともメインの視点にはなり得ない、ということです。これが民法が定めるのは「法的親子関係」であって「生物学的親子関係」ではない、と言われる理由です。

上記のように「親を自動的に定める」ことが子の福祉ばかりでなく国家の視点からの要請とするとその方法が問題になります。

まず、「母」については出産した者」が子の母であるというのが民法の立場と考えられます。非常に明確な基準・方法です(代理母の問題も現行法では出産した者=代理母民法上の母という解決になります。その当否は問題ですがそれは別の機会に)。

これに対し「父」については「出産」のようなイベントがないため「自動的に『父』を決める」ためには工夫が必要です。

我が国の民法(他の多くの国の法律も)が採用する「工夫」は、嫡出推定の規定である上記民法772条に「婚姻」という言葉が4回も出てくることからわかるとおり、「婚姻」と「父子関係」を結びつける方法です。

つまり、婚姻中又は婚姻後一定期間に生まれた子は戸籍上の母の配偶者を「父」とさだめる訳です。

我が国では「籍を入れる」という言葉の存在が示すとおり、いわゆる事実婚は少なく、子どもができる段階では法定婚=婚姻していることが多いため、「婚姻」と「父子関係」を結びつけているとも考えられますし、端的に嫡出推定=父子関係の推定は婚姻の1つの効果だ、と言ってもいいと思います。

このように「婚姻」と「父子関係」を結びつけて「父」を定めますが、一旦「父」と定まったのにそれを拒否することを認めるのは前述の通り、子の福祉にも国家の要請にも反します。

他方、(法的)親子関係のメインの考慮要素でないにしても「自分の子を育てたい」というのは人情であり、かつ、それが不当と言えるわけでもありません。

このバランスを取るために、民法は①嫡出否認を父に限定、②方法を訴訟に限定、③機会の限定、④時間制限という厳しい限定の下でのみ嫡出否認=父子関係の否定を認めているわけです。

このように

ⅰ)婚姻と父子関係を結びつけていわば自動的に父と定め

ⅱ)その否定=嫡出否認は非常に限定的な場合にのみ認める

という仕組みにより、子を育てるべき親を安定的に定め、子の福祉を図り、国家の要請に応えていることになります。

これが嫡出推定制度の存在理由であり、記事の訴訟で国が主張していることの1つだと思われます。このことの当否を考えるにはあといくつか検討しなければなりませんが、それは次回以降に。

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