弁護士由井照彦のブログ

法律の視点からの社会・事件やリーガルリサーチについて

にほんブログ村 政治ブログ 法律・法学・司法へ

タックスヘイブン利用の基礎知識?

メチャクチャわかりにくい記事だなあ、というのが率直な感想なのですが、それはともかく、なるべくわかりやすく説明してみようともいます。今回はわかりやすさを優先するために、条文の引用は控えます。

 

最初に、我が国の所得税法法人税法の原則を確認すると、

国内居住者・国内法人に課税することを原則とし、

 

非居住者と外国法人は「国内源泉所得」のみに対して課税する=それ以外の所得や利益には課税しない

 となります。

また、「タックスヘイブン」とは、我が国より所得税率や法人税率が著しく低い国や地域をいいます。今回の件ではイギリスの海外領土(自治領)であるヴァージン諸島カリブ海の島)がタックスヘイブンとして使われています。

この、外国法人は国内源泉所得以外に課税されないという我が国の制度と、税率の低いタックスヘイブンを使って、税を免れようとした=租税回避をしようとした、というのが今回の件の大枠です。

 

次に、

事件の概要を、記事の図で使われている社名を使って整理します。

記事よると、ネットジャパン(以下では「NJ社」といいます)の事業譲渡の事案とのことです。

具体的には、NJ社自身が有していた株式をX社に譲渡することにより、X社又はX社の親会社であるY社にNJ社又はその事業部門を譲渡しようとしました。

NJ社の経営権を握っていたのが吉沢会長であり、おそらく大株主でもあったと思われます。

NJ社又は吉沢会長としては、事業譲渡=譲渡株式の対価は高ければ高いほどいいわけです。しかし、株式の売り主のNJ社は日本法人ですので、高値で売ると莫大な税金を支払わなければなりません。

それを避けるために、NJ社は株式を一旦、安い価格で、ヴァージン諸島法人であるA社に売りました。

安い価格で売っていますので、税金も安かったことになります。その後の課税処分の内容からは、おそらく50億円を超える値引での売買であったと思われます。

A社はNJ社から取得した株式を、今度は高い価格でX社に売りました。

高い価格での売却ですが、A社はヴァージン諸島法人なので、同島の非常に低い税率により、とても低額しか税を納めずに済むことになります。

つまり、A社は膨大な(50億を超える)利益を得たことになります。

このA社を誰が支配していたかは記事にはありません。

NJ社(又は吉沢会長)が支配していたとすれば、A社に溜まった利益を、税金が安くなるような形式で、しかも累進課税を避けるために少しずつNJ社に戻していくことになります。

X社(又はY社又は更にその親会社)が支配していたとすれば、A社に溜まった利益は、次に説明するB社を使った取引の原資に回していったはずです。

次に、上記のA社を使った事業譲渡を補完するために、B社を使った取引が行われました。

どう補完するかというと、吉沢会長に利益を帰属させるための取引になります。

まず、吉沢会長が株式を100%保有する、ヴァージン諸島法人のB社がX社の親会社であるY社の株式を購入します。売ったのはY社の更に親会社だったようです。

そしてすぐに、それを同じY社の親会社に売却します(記事でいう売り戻しです)。

この際、B社の購入価格の2倍の金額、おそらく14億円高い値段で売り戻しました。

もちろん、B社には2倍の金額前提の課税があります。しかし、B社はヴァージン諸島法人なので、非常に低い税率が適用され、極めて低額の納税で済むことになります。

つまり、B社には多額の(10億を超える)利益が貯まります。

B社は吉沢会長が支配していますので、溜まった10億以上の利益は、役員給与等の形式で、少しずつ吉沢会長に還元されることになります。

B社取引は正に事業譲渡を受けるX社又はその親会社等から吉沢会長に利益を供与する枠組みであったといえます。

さて、このNJ社及び吉沢会長の取引に対して、国税当局は2つの手段で課税を行いました。

まず、日本国法人の事業譲渡類似の株式譲渡は「国内源泉所得」にあたるとされていることから、NJ社→A社への株式譲渡は、最終的にはX社へ事業譲渡を行うための手段又は中継点であるに過ぎないことから、「事業譲渡類似の株式譲渡」にあたるとして、法人税法を適用して、A社に発生した52億円の収益に、法人税を課しました。

これは、法人税法の単純な適用ですので、タックスヘイブン対策税制というわけではありません。日本企業の大株主兼経営者が住居を(タックスヘイブンではない)米国に移し、その後自社の事業譲渡を株式譲渡により行う場合にも同じように適用されます。

他方で、B社をめぐる取引については、B社の利益は国内源泉所得ではなく、法人税法を直接には適用できません。

また、B社と吉沢会長は別人格ですので、B社の利益について、直接吉沢会長に所得税法を適用することもできません。

そのため、国税当局は、居住者が外国法人を支配している場合、当該外国法人に発生した所得をその支配する居住者の雑所得とみなして所得税を課税することを定める租税特別措置法40条の4を適用して、B社に発生した14億円の利益を吉沢会長個人の雑所得とみなして、所得税法を適用し、所得税を課しました。

この租税特別措置法40条の4が今回適用された「タックスヘイブン対策税制」です。

この事件をみるにつけ、富裕層の租税回避への情熱と、それを許そうとしない国税当局の執念のいたちごっこは永遠に続くのであろうと思います。

headlines.yahoo.co.jp

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ