弁護士由井照彦のブログ

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現代の「勘当?」−子供に財産を全く残さないことができるか?

記事の泰葉氏が実際のところどのような財産状態で、本当に実家の財産を当てにしているかどうかは、知る由もありませんが、それはともかく、自分を相続するであろう子供に大きな借金があり、先祖伝来の土地などの財産を守りたい場合にどうすればよいのか悩む人もそれなりにいます。

そのような場合に、まず、すぐに考えつく手段として「遺言」があります。つまり、

民法961条「十五歳に達した者は、遺言をすることができる。」

民法964条本文「遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。」

 という規定を使って、遺言をするわけです。 

例えば、Xには、先祖伝来の土地(何箇所かに分かれていて、評価総額は5000万円ほど)と、5000万円の現預金の計1億円の財産があったとします。そして、XにはAとB2人の子供がいましたが、Aは若い頃から定職につかないにもかかわらず、贅沢好きの遊び人で、負債額が1億円を超えている一方、BはXの会社を継ぎ、真面目に働き、会社を大きくしているとします。

この状況でXは、Aが遺産を取得してもあっという間に借金返済で消えてしまうことから、Bにすべての財産を相続させようと考え、

「私Xの遺産はすべてBに相続させる」

との遺言を残すことが考えられます。

しかし、ここで立ちはだかるのが、上記964条のただし書等であり、 

民法964条ただし書「ただし、遺留分に関する規定に違反することができない。」

民法1028条「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。

一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一」

1031条「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」

 と定め、上記の例ではBには最低限、

1億円×1/3×1/2=約1666万円

の遺産を相続する権利が残ります。

 遺留分制度がなぜあるのかについては、深遠なる議論がありますが、ともかく子供(兄弟姉妹以外の推定相続人)である以上は、遺産の一定割合を相続する権利が保障されていることになります。

弁護士等の法律家が遺言書の作成を依頼された場合、遺留分制度による財産の取得を前提として、上記の例では先祖伝来の土地をAに食いつぶされないために、例えば、

「私Xは、私の財産の内、預金1667万円をAに相続させ、その余の財産は全てBに相続させる」

として、Aの遺留分減殺請求(遺留分に相当する財産を支払えという請求)を封じつつ、Aが先祖伝来の土地に手を付けることをも防ぐような遺言を作成することがあります。

 しかし、もっと強烈な手段もあるにはあります。つまり、

 民法892条「遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。」

 という規定を使って、当該推定相続人、上記の例で言えばBを廃除、すなわちそもそも推定相続人でなくしてしまうのです。ちなみに、この請求は遺言に書くことによってもできます(893条)。 

これは、昔の日本の「勘当」制度の一部が残存しているとも言えますが、推定相続人による「虐待・重大な侮辱・著しい非行」への相続人からの制裁の一種と考えられています。

もちろん、条文上「廃除を家庭裁判所に請求することができる」という規定ですので、請求を受けた家庭裁判所が相続権を全く失わせるほど重大な「被相続人に対する虐待・重大な侮辱、著しい非行」があるかを判断することになりますので、被相続人が自由に相続権を奪えるわけではありません。また、条文に「重大な」とか「著しい」とかいう文言があるため、家庭裁判所もそう簡単には廃除を認めません。

 しかし、廃除が認められると、その者、上記ではAは相続人でなくなりますから、Xの財産を一切相続することができなくなりますので、X(家)の家産は確実に守られることになります。

 ただし、ここから先に「廃除」制度の妙味があります。まず、

 民法894条1項「被相続人は、いつでも、推定相続人の廃除の取消しを家庭裁判所に請求することができる。」

 として、被相続人自身が廃除の取消しを請求できます。つまり、虐待・侮辱・非行を許し、制裁を解除して、その者、上記ではAを再度推定相続人に戻す選択肢を被相続人Xに残し、廃除後のAの更生を考慮できるようにしているのです。この廃除の取消しの請求も遺言でできますので、廃除されていたAが、X死後に遺言を確認すると許されていた=廃除を取り消し、相続させることにしていた、という親等被相続人による非常に奥深い(ある種ドラマティックな)処置・配慮を可能にしています。

 また、廃除に似た制度である、被相続人・先順位相続人を殺害した者や遺言書を隠匿した者などの相続権を否定する相続欠格という制度(民法891条)では、相続欠格者に対しては、

民法956条「・・・第八百九十一条の規定は、受遺者について準用する。」

 と定めて、被相続人からの遺言による財産の取得(受遺)すらもできないことが定められていますが、廃除によって相続権を否定された者に対しては、このような規定は存在しません。

つまり、被相続人は、狼藉を働いた推定相続人、上記のAを廃除して相続人から外しつつ、例えば、

「Aに対し、金500万円を遺贈する」

のような遺言をして、遺留分を下回る財産を残すという、ある種の最後の情けをかける方途も残されているのです。

相続というのは、被相続人の人生全体における他者との人格的な関わり全部が問題とならざるを得ません。また、先祖伝来の財産がある等、被相続人の更に上の世代からの人間関係すら問題となります。

民法はそういう非常に複雑で長期間に渡る人間関係を前提に、一方で紛争予防のために明確な相続ルールを定め、他方でそのルールを微妙に調整する諸制度を設けることで、「紛争をなるべく防ぎつつ、複雑な人間関係を反映させる」というある種矛盾した目標を達成しようとしており、見方を変えればそれが「妙味」ということになります。

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