弁護士由井照彦のブログ

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「辞めてやる!vs.手続きだ!」?−職業人の契約あれこれ

私は、宮沢りえさんの「Santa Fe」に衝撃を受けた世代なので、貴乃花にはいささかマイナスの感情がありますが、それはともかく、記事のように相撲協会芝田山広報部長が言う「適式な届けが出ていないので、受理していない。よって、明日も仕事していただく」という言動の意味を考えることは、職業人と企業等との契約を考える好古の素材です。

 相撲協会は公益財団法人ですので、法人運営の基本規則は、「定款」で定められています。相撲協会の「定款」の中で貴乃花氏の地位である「年寄」については、

 定款48条「①この法人には、協会員として年寄を置く。②年寄は、年寄名跡を襲名した者とする。③年寄は、理事長の指示に従い、協会事業の実施にあたる。」

 とされており、これが年寄についての基本規定になります。

①で年寄が「協会員」であること、③で年寄は相撲協会の役員・トップである「理事長の指示に従う」義務があることがわかります。

 また、

定款46条「①この法人は、相撲道を師資相伝するため、相撲部屋を運営する者及び他の者のうち、この法人が認める者に、人材育成業務を委託する。②この法人は、委託業務に関して、規程に定める費用を支払う。③委託業務に必要な事項は、理事会が別に定める。」

 とされており、相撲部屋の運営は年寄のみに認められるため、これも年寄の基本規定になります。

①②からは、「相撲協会は年寄に対し、人材(弟子)育成を『業務委託』することがわかります。

 まず、「指示に従う」の方の関係を考えるにあたり、ヒントとして相撲協会の決算書を見ると、「役員報酬」と「給料手当」が別に計上されています。つまり、相撲協会は役員には「報酬」を支払い、年寄や力士等の一般の協会員には「給料」を支払っていることがわかります。

「給料」については、所得税法に定めがあり、

所得税法28条1項「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与・・・に係る所得をいう。」 

とされています。つまり、給料とは「給与」の一種です。そして、給与(所得)については、裁判例(最判S56.4.24民集35.3.672)が、

 「給与所得は、雇用契約又はこれに類する原因に基づきなされた、非独立的な労務提供(人的役務の提供)の性質をもった所得・・・」

 としており、基本的には雇用契約の対価・給料です。

 これは定款48条で、年寄は「理事長の指示に従う義務」があるとされていることとも整合します。

つまり、定款48条での相撲協会と年寄の関係は雇用契約と考えられます。

 次に、定款46条の「業務委託」とは、民法上の準委任契約のことを指しますので、相撲協会と年寄の弟子育成に関する関係は、準委任契約と考えられます。

 さて、今回貴乃花氏は、「相撲協会を退職する」と相撲協会に伝えた、言っていますので、上記の雇用契約も、準委任契約も解除するとの意思表示を相撲協会にした、と主張していることになります。

そうすると、雇用契約については

民法628条「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」

 ということになり、遅くとも2週間後(10月9日)には、貴乃花氏は相撲協会から退職したことになります。

次に、業務委託(準委任契約)については、 

民法651条「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。」

 とされており、昨日の段階で、貴乃花氏と相撲協会の準委任契約は終了していることになります。

 相撲協会がこれを喜んでいるのか、一旦、翻意させたいのか不明確ですが(というより、不明確にするような対応を故意にしているような気がします)、上記の規定があるため、退職の意思表示がなされてしまったとすると、相撲協会が「受理」するかどうか判断することはできず、これ以上何も言うことがない・できないことになります。

 そのため、「適式な退職届が無い」、すなわち、「そもそも貴乃花氏は退職の意志表示をまだしていない」または「雇用との関係では退職日は昨日ではなく、2週間後である」という主張をするしかなく、それが芝田山広報部長の記事のような発言になったと思われます。

headlines.yahoo.co.jp

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