弁護士由井照彦のブログ

法律の視点からの社会・事件やリーガルリサーチについて

にほんブログ村 政治ブログ 法律・法学・司法へ

どこで思いとどまるか−予備→未遂→既遂の流れの中で

記事の郵便局員は相当な胆力ですが、それはともかく、記事のように犯罪を「思いとどまる」ことを我が国の刑法が重視していること、そしてそのための仕掛けを知っておくことは、今後も次々に起こる新手の犯罪やそれを罰する新法の是非を考えるにあたってとても有益です。

犯罪というのは他の人の利益を不当に侵害する行為なので、なるべく侵害結果が生じないに越したことはありません。

そして、「犯罪を犯す」と言っても、瞬時に犯罪が完成するわけではなく、逡巡→決意→準備→決行等と段階を踏んで実現していくものです。

また、一度犯罪の流れの中に自分が踏み出したとしても、それを「途中でやめる」ということは、自分にとっても利益を侵害される他の人や社会にとってもとても有益なことです。

したがって、「侵害結果が実現しなかった」ことや「途中でやめた」ということに対しては法的にもプラスの効果を与えるべきだ、と言えます。

他方で、ある人を殺そうと拳銃を調達し、狙いをつけ、引き金を引きそうなところで警官に見つかって制止された、というような場合に全く罰さない=何の犯罪も成立しない、とするのは到底正義に合致しません。

刑法にははその点を調整する仕掛けが用意されており、その仕掛けを記事の強盗を例に説明します。

強盗についての基本規定は、

刑法236条1項「暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した者は、強盗の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。」

です。暴行をして、相手が持っている財物を奪い取る(強取する)、というのが典型です。

規定を見ると分かる通り、①暴行脅迫を行なって、②財物を奪い取った、場合に強盗(既遂)罪が成立します。

ここで、

ⅰ)暴行したけど金を奪えないまま逃げた、

ⅱ)暴行しようとナイフを持っていったが、出す前に警官に見つかって連行された、

というような場合はⅰ)であれば財物は奪われていませんし、ⅱ)であれば暴行すら存在しません。

したがって、強盗既遂よりはⅰ)は利益が害されておらず、ⅱ)はもっと侵害結果が発生していません。

こういう場合に刑を軽減するのが未遂と予備という制度であり、

刑法43条「犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる・・・」

刑法243条「第二百三十五条から第二百三十六条まで及び第二百三十八条から第二百四十一条までの罪の未遂は、罰する。」

 

という条文により、強盗は「暴行をはじめたけど、財物は奪わなかった」という場合について、罰される一方で「軽減することができる」とされます。

「できる」ですので、軽減しなくてもよいわけですが、それは未遂と言っても様々で刑を軽減するのが不適切な場合もあるからです。実はこの「任意的軽減」がポイントです。

更に、

刑法237条「強盗の罪を犯す目的で、その予備をした者は、二年以下の懲役に処する。」

とされており、ナイフは用意したけど暴行・脅迫前につかまった、というような場合には既遂よりかなり軽い刑が定められています(5年以下ではなく2年以下)。

これは利益の侵害がほとんど無いので刑を「必要的に軽減」していると言えます。

さて、未遂の中でも特に軽くした方がいい場合があります。冒頭にも書いた通り「犯人が自分で犯行を途中で思いとどまった」という場合です。この場合を普通の未遂として刑の任意的軽減に止めると、「犯罪をはじめちゃったから最後までやり抜こう」等というアホな考えを助長しかねません。

そのため未遂を定めた上記の刑法43条はそのただし書で

刑法43条「…ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。」

と定め、自分で犯行を途中で思いととどまった場合には、刑を「必要的」に軽減し、免除の可能性すら残しています。

上記のように刑法は犯罪がはじまっても、その途中での不成功や犯人自身が思いとどまることをプラスに評価しています。

これは刑法が「犯罪が起きた→罰しよう!」というような単純な思考回路ではなく、なるべく不利益な結果を発生させないようにという目的をもっていることを示しています。

新手の犯罪が起きると、「罰すべき」との意見が起こるのは当然ですが、それを単に「重く罰そう!」という考えに結びつけてしまうのは、犯罪結果・不利益をなるべく減らそうという視点が欠落しています。上記のような刑法の仕組みを、適切な罰則を考えていくことが必要と思われます。

headlines.yahoo.co.jp

にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ