味のある最高裁とその限界?−300日問題の解決のヒント−その2
裁判は嫡出推定及び否認制度の合憲性を認めた一方で現行制度での不都合、特に300日問題の解決を立法府に求めたようであり、これはこれで味のある判決だと思います。
さて、前回説明した嫡出否認制度の例外を認めた昭和44年の最高裁判決の味わい深さを考えるために、大事なポイントをあげると
①子が遺伝子上の父に起こした訴訟=戸籍上の父は当事者になっていない
②子が遺伝子上の父に求めたのは認知=父子関係の形成
③訴訟の結果は子の請求を認め、父子関係が形成された=反射的に従来の戸籍上の父は「父」で無くなった
ということです。
ところで、300日問題が起こる典型的な原因は、戸籍上の夫が子の母に対し暴力を振るういわゆるDVですので、①戸籍上の父を当事者にしないことは、父との接触=暴力の危険を避けられるという当事者にとっては切実な意味があります。
そしてそれが②遺伝子上の父=子の母のパートナー相手の認知訴訟で認められたということが極めて大きな意味があります。
この点を理解するためには「家事事件」の手続きを知る必要があります。
家手法257条1項「…調停を行うことができる事件について訴えを提起しようとする者は、まず家庭裁判所に家事調停の申立てをしなければならない。」
とされており、訴訟前に調停手続きを行うことになります。
調停というのは、話合いの手続きであり、認知調停では当事者である子と認知を求める相手(300日問題との関連では遺伝子上の父)とが話し合うことを意味します。
そして、認知等訴訟が後に控えている調停については
家手法277条1項「…次の各号に掲げる要件のいずれにも該当する場合には、家庭裁判所は、必要な事実を調査した上、第一号の合意を正当と認めるときは、当該合意に相当する審判…をすることができる…一 …合意が成立していること。」
家手法281条「…合意に相当する審判は、確定判決と同一の効力を有する。」
とされています。
つまり、
・話合い(調停)
→合意成立
→合意内容の正当性を裁判所が調査
→審判
という流れを経ることで、訴訟の判決と同じ効果が得られることになります。
このことと昭和44年の最高裁判決とをまとめて考えると、
・子がその遺伝子上の父に認知を求めて認知調停を申し立てて話合いをする
→調停で遺伝子上の父が子を認知する=子と遺伝子上の父の父子関係を成立させるという「合意」をする
→その認知という合意を裁判所が調査して正当と認めれば
→遺伝子上の父を「法的な父」とし、従来の戸籍上の父との間の嫡出関係=父子関係を否定する審判がされる
ということになります。
まず、少なくとも出産直後には子の母とその新しいパートナー=子の遺伝子上の父とは関係が良好なことが多く、認知調停でも合意できることが多いと思われます(ただ、最高裁の事例は違いました)。
次に、裁判所が調査する「正当性」は、認知調停による父子関係の否定は民法777条の嫡出否認の例外ですので、前回説明したとおり、「父子関係が明らかに無いこと」が中身になると考えられます。
これが昭和44年の最高裁判決の味わい深さであり、数年前に最高裁も明示的に300日問題の解決法の1つとして提示しました。これは
①DVを行なう戸籍上の父を当事者としなくてよく
②認知の合意が得られやすい子の遺伝子上の父との話合いで解決できる
という点で300日問題の解決に非常に役に立ちます。
ただ、もちろん限界があります。
それは「明らかに父子関係が無いこと」をどのように調査するか?という点が不明確であることです。また、この点について法律の条文も最高裁の判例も無く、裁判所により扱いが異なることも問題です。
具体的には長期間別居し、明らかに交流が無いこと資料を子(又はその母)が裁判所に提出できれば大体において裁判所は「明らかに父子関係が無い」と認めます。しかし、そういった資料が無い場合には裁判所によっては「戸籍上の父の話も聞く」という調査をする場合があり、そうすると暴力の危険から子(それを援助する母)が調停を取り下げざるを得ないことになりかねない、ということがママあり得ます。
また、前回説明したとおり、認知調停による父子関係の否定が民法777条の例外的場面であるため子と認知を求められている者との間のDNA鑑定が決定的な資料にならないのは、やむを得ないところです。
ただ、そういう限界がありつつも、認知調停による嫡出関係の否定は300日問題の解決のために大いに参考になる考え方だと思われます。
つまり、300日問題やその解決法の提案の是非を考えるにあたって、
上記の認知調停による解決法の改善を図る方向性か?
この方法の発想を基礎に新たな制度を構築する方向なのか?
という視点を持つことが、思考の整理に非常に有益と思われます。