弁護士由井照彦のブログ

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給与所得控除は多いのか少ないのか?−法と歴史は「使える」ツール

本ブログで様々な問題を落ち着いて考えるために現行法の規定やそれについてのオーソドックスな説明をツールとして使うことをお勧めしています。コレに加えて、問題となる規定や制度についての議論の「歴史」も冷静な思考の非常に有益なツールです。それを説明するのに記事の配偶者控除の問題はうってつけです。

記事にあるように来年の税制改正の目玉の1つが配偶者控除の引き下げになるようであり、その理由は「我が国の配偶者控除は諸外国に比べて『相当手厚い』=給与所得者を優遇しすぎている」ということです。しかし、これを聞いて「そうか!」と分かる人はほとんどいないと思います。このわかりにくさの原因の1つは「配偶者控除が手厚いとか薄いとかいうのは何を手がかりに考えればよいかわからない」ということだと思います。

そのため、いつものように「給与所得控除とは何か」をまず確認すると、所得税法での税額を定める際、税率をかける前の金額=課税所得の計算方法の原則は、例えば事業所得について

所得税法27条2項「事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」

と定めれているとおり、

収入金額—必要経費=課税所得

となっています。

しかし、給与所得についてはこの原則とは異なり、

所得税法28条2項「給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする。」

と定められています。つまり、事業所得等での「必要経費」が「給与所得控除」に置き換わっているわけです。

ここで重要なのは必要経費とは実際にかかった金額=実額を意味する一方で、給与所得控除額は実額とは関係なく、所得税法で予め決められた額(概算額)であるという点です。

給与所得では収入から実際にかかった費用(必要経費)ではなく予め定まった概算額(給与所得控除額)を引く理由は、

①給与所得者は必要経費と個人的支出(家事費といいます)の区別が不分明であることを中心に、

②我が国では給与所得者の数が非常に多く、実額を引くのは徴税上手間がかかりすぎること

③各自の主観や節税技術の巧拙で給与所得者同士の不公平が生ずることを防ぐこと

 とされています。

さて、これが「手厚い」かどうか?というのは、言い換えれば他の所得者、例えば事業所得者と「比較」して、給与所得者がより優遇されているか、冷遇されているか、という問題です。これは言い換えると、租税法の2大原則の1つである租税公平主義(=等しき者には等しい課税、異なる者には異なる課税)が実現されているか?という問題です。

この給与所得者とそれ以外の所得者(主として事業所得者)との間で租税公平主義が実現されているかが争われた有名な裁判がいわゆるサラリーマン税金訴訟であり、昭和60年に最高裁で判決がなされました。

このサラリーマン税金訴訟は、給与所得が必要経費を引くのではなく、給与所得控除を引くという仕組みは、事業所得者に比べて給与所得者が不利益に扱われている、給与所得控除は低すぎる、という現在の議論と全く逆の主張がなされた訴訟だったことに大いに注目すべきだと思います。

その根拠は、

ⅰ)給与所得は事業所得に比べ捕捉率が高い、つまり事業所得者は事業に従事する家族との食事を交際費(必要経費)とする等、所得を故意に減らす手段が多いのに、予め控除額が決まっている給与所得者は所得を減らす手段がなく、事業所得者に比べて実質的に重税であること

ⅱ)事業所得者には租税特別措置法等により各種の優遇税制があるが、給与所得者にはないこと

ⅲ)現実には給与所得者が給与を得るにあたって使っている「経費」は給与所得控除額を大きく上回ること

でした。

最高裁は、

ⅰ)ⅱ)については「どの程度のものか明らかでなく、所詮立法政策の問題」として、事実としては否定せず

ⅲ)についても「給与所得者において自ら負担する必要経費の額が一般に旧所得税法所定の前記給与所得控除の額を明らかに上回るものと認めることは困難であつて」としてその存在の可能性までは否定しませんでした。

結論としては、ⅰ)〜ⅲ)の事情にもかかわらず、給与所得控除の理由である上記①〜③という正当な目的を達成するためには、給与所得控除という制度は相当性を欠くことが「明らかとまで言えない」として給与所得控除は租税公平主義に反しないとしました。

さて、最高裁判決の34年後の現在、給与所得控除が上記最判で問題となっているのとは逆に「給与書所得者に相当手厚い」とされて引き下げられようとしています。

したがって、34年前に比べて最高裁で問題となった、

ⅰ)捕捉率が高い

ⅱ)他の所得には優遇制度があるが給与所得には無い

ⅲ)「経費」は実は給与所得控除額より低い

という3点はどのように変化したのか?変化しなかったのか?を軸に政府税調が言う「相当に手厚い」かどうかを考えると、思考の整理には非常に有益だと思われます。

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