弁護士由井照彦のブログ

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どれくらい塀の中に?−言い渡される刑の幅

一昨日、昨日の投稿で刑法がより悪質な犯罪を抑止しようとしていること、故意の判断プロセス等を説明したところ、「被害車両を停止させた容疑者と後ろから追突したトラック運転手が同じ罪名なのは納得がいかない」というもっともなご指摘がありました。そこで、同じ罪名でも被告人が置かれることになる状況は天と地ほど違うことを説明しようと思います。

一昨日に書いたとおり、過失運転致死罪の法定刑は

自動車運転処罰法5条「…七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処す。」

となっています。

しかし、実際の刑の幅は上記よりも広くなります。

まず、軽い方に広がる規定として

刑法66条「犯罪の情状に酌量すべきものがあるときは、その刑を減軽することができる。」

刑法68条「…三 有期の懲役又は禁錮減軽するときは、その長期及び短期の二分の一を減ずる。

四 罰金を減軽するときは、その多額及び寡額の二分の一を減ずる。」

とされています。いわゆる「情状酌量」というやつです。

したがって、過失運転致死罪が成立しても情状酌量されると、

「半月以上3年6ヶ月の懲役…又は5000円以上50万円以下の罰金」

という範囲で実際の刑が言い渡されます。

したがって、過失運転致死罪であっても50万円以下の罰金で済むことがあることになります。

また、仮に懲役刑を言い渡されたとしても、下記の規定があります。

刑法25条「次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。…」

いわゆる執行猶予というやつです。執行猶予とは、

刑法27条「刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。」

という制度なので、例えば懲役3年執行猶予2年とされると、2年間再犯等することなく、執行猶予が取り消されなければそもそも刑が言い渡されなかったことになる、つまり刑務所には入らなくてよいことになります。

同じ「懲役2年」であったとしても、執行猶予が付かなければ2年間もの間刑務所暮らしです。他方、執行猶予が付くとその期間真面目に生きていれば、刑務所に全く入らなくて済みます。これは、刑務所暮らしの2年間に加えて、我が国のいわゆる「ムショ帰り」に対する厳しい世間の目を考えると、その後の人生にも大きな影響を与える、極めて大きな差だと言えます。

以上をまとめると、過失運転致死罪で起訴されたとしても、罰金で済むこともあり得ますし、全く刑務所に行かなくて済む場合もかなり広い範囲で認められています。本件でも高速道路上に停止した車を避けるのが非常に難しいこと等を考えれば、後ろから追突した運転手には執行猶予が付く可能性は高いと考えられます(もちろん、まだ捜査中なので真実はわからず、確たることは言えません)。

他方、報道されている事実を前提とすると被害車両を停車させた容疑者は過失運転致死罪の中でも相当悪質であり、執行猶予が付く可能性は低く、懲役の期間自体も上限である7年に近いものとなる可能性もそれなりにあります。

更に報道からは容疑者は被害者に暴行を加えていたようであり、仮に暴行罪が成立すると下記の規定が問題になります。

刑法45条「確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。」

刑法47条「併合罪のうちの二個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは、その最も重い罪について定めた刑の長期にその二分の一を加えたものを長期とする。ただし、それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない」

 暴行罪の法定刑の上限は2年なので、本件の容疑者が暴行罪でも起訴されると言い渡される刑の上限が9年まで伸びることになります。

刑法は世の中で起こり得る犯罪を出来る限り網羅しつつ、それぞれの法定刑を定めます。そのため、犯罪類型を細分化して定めることは、膨大な数の類型・罪名を生み出すことになり、実際上不可能と言えます。そのため、ある程度概括的・抽象的に犯罪類型を定めます。したがって、本件で被害車両を停車させた容疑者と後ろから追突した運転手が同じ罪名という何となく割り切れないことも起こります。

他方で、刑法は上記のように実際に言い渡すことの出来る刑の幅を非常に大きくとっており、同じ罪名だからと言って同じような社会的非難=刑の重さにはなりません。

このこともまた刑法がより抑止すべき犯罪を重く罰しつつ、実際に起こる犯罪の多様性をも考慮するという冷徹な思考をとっていることの1つの現われと言えます。

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