弁護士由井照彦のブログ

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職務質問は任意?−行政警察活動の悩ましさ

記事を見る限り、容疑者は職務質問を受け、急いでいたので嫌だったから断った、任意だから断れるはず、というような供述をしているものと思われます。それがなぜナイフを持ち出すということにつながるのかはよくわかりませんが、それはともかく、「職務質問は任意」というのは正しくはありますが、そう単純ではないことを説明したいと思います。

職務質問については、警察官職務執行法に定めがありますが、まず警職法の目的を見てみると、

警職法1条2項「この法律は、警察官が警察法・・・に規定する個人の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の維持・・・等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定めることを目的とする。」

と定められています。

少しわかりにくいのですが、警察が行う職務の内、既に起きた犯罪の捜査を司法警察活動、現に起こっている犯罪の鎮圧(国民の生命等の安全確保)や犯罪予防を行政警察活動といい、警職法は主に行政警察活動について定めます。

したがって、警職法に定めのある職務質問も基本的には犯罪予防が目的です。具体的な規定を見ると、

警職法2条1項「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。」

としており、犯罪を起こしそう、何らか関わっていそうな雰囲気の人物に警察が質問をするわけです。

条文に「停止させて」という文言がありますので、相手が止まらなかった場合にはある程度の有形力(実力)を使って停止させることができます。これは犯罪予防の必要性の高さから警察に認められている権限と考えられます。

もちろん、警職法の目的には、

警職法1条2項「この法律に規定する手段は、前項の目的のため必要な最小の限度において用いるべきものであつて、いやしくもその濫用にわたるようなことがあつてはならない。」

ということが含まれますので、警察官が使える有形力の程度は、①犯罪予防という目的のために、具体的事情(犯罪の起こりそうな程度、起こりそうな犯罪の重大性など)を基礎に②必要でかつ③相当と認められる範囲に限定されます。これは、少なくともまだ犯罪を犯していない人への有形力行使は国民の自由を阻害する面が否定出来ないので、その限度を定めているということになります。

しかし、まったくの「任意」かと言われれば、「停止させて」とある以上、停止させられる=強制されるという側面は大いにあります。

また、「質問」の方法として、

警職法2条2項「その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。」

 

 と定められています(いわゆる「任意同行」の一種です)。

この同行は警察のためだけでなく、周囲の交通等他者の利益保護も含みますので、1項所定の「停止させる」で許容される程度の有形力を行使して、警察署等に連れて行くことが許容されていると考えられます。

そうするとやはり完全に「任意」ではなく、ある程度の強制の要素を含むことになります。

記事の容疑者は結果論とはいえ、バタフライナイフを所持しており、しかも警官に向かって振り回す行為に及んでいますので、職務質問や同行の必要性はあったと推測されます。したがって、当時の状況として、完全な「任意」という状態ではなかったと思われます。

そして、ナイフを出した以上、何らかの加害行為をする可能性が高いと言えるので、

警職法5条「警察官は、犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは、その予防のため関係者に必要な警告を発し、又、もしその行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があつて、急を要する場合においては、その行為を制止することができる。」

ということになり、警官に制止行為をする権限が発生します。

更に警官に抵抗してナイフを振り回しつつ歩き出したのですから、警官に対する公務執行妨害罪(3年以上の懲役、)、他者に対しての傷害罪(15年以下の懲役)を犯す可能性が飛躍的に高まったといえるので、

警職法7条「警察官は、犯人の逮捕若しくは逃走の防止、自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある場合においては、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。但し、刑法・・・第三十六条(正当防衛)若しくは同法第三十七条(緊急避難)に該当する場合又は左の各号の一に該当する場合を除いては、人に危害を与えてはならない。

一 死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁こにあたる兇悪な罪を現に犯し、若しくは既に犯したと疑うに足りる充分な理由のある者がその者に対する警察官の職務の執行に対して抵抗し、若しくは逃亡しようとするとき又は第三者がその者を逃がそうとして警察官に抵抗するとき、これを防ぎ、又は逮捕するために他に手段がないと警察官において信ずるに足りる相当な理由のある場合。」

 ということになって、警官は発砲したものと思われます(もちろん、現時点では裁判前であり真実が確定されていないので、断言できません)。

以上のように、「職務質問は任意」「任意同行は任意」というのは、言葉通りに受け取れない要素を含みますし、その後に不穏当な手段で抵抗すれば拳銃の発砲すらも受ける可能性が無いとは言えません。

このような警職法の定めは、国民の自由を守ることと犯罪を予防することという調和するようで、時に対立する要請を微妙に調整する制度、ということになります。

headlines.yahoo.co.jp

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