弁護士由井照彦のブログ

法律の視点からの社会・事件やリーガルリサーチについて

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故意と過失の境界線?−危険運転致死罪の特殊性

10/11〜10/15まで4回投稿した事件の続報で容疑者が危険運転致死罪で起訴されたとのことです。

前回投稿では「故意」の悪質性に着目した説明でしたので、故意と過失の境界線ははっきりしている、というイメージを持たれたかもしれません。しかし、今回の事件のように「ものすごく悪質な過失」というものも勿論存在するわけで、それに対処する定めも刑法には置かれています。今回検察が起訴に踏み切った危険運転致死罪はその典型です。この危険運転致死罪の構造又は重罰の基礎を知ると、刑法が自動車運転の事故を減らそうとしていることがよくわかり、犯罪についての新法等を考える際に有益なツールとなります。

危険運転致死罪については、

自動車運転処罰法2条1項「次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。

一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為 二 その進行を制御することが困難な高速度で… 三 その進行を制御する技能を有しないで… 四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で… 五 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で… 六 通行禁止道路…を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で…」

 と定められています。

有期懲役とは20年以下の懲役ですので、警察が逮捕した罪名である過失運転致死罪(7年以下の懲役)に比べれば極めて重い刑罰が科されていることがわかると思います。このことは殺人罪の規定をみるとよりはっきりします

刑法199条「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」

つまり、殺人つまり「人を殺そうと思って殺した」場合ですら、危険運転致死罪の法定刑よりはるかに軽い刑罰で済む事案があることになりますので、危険運転致死罪の刑がいかに重いかがわかると思います。

前回説明したとおり、「故意」は「殺そう」という「意思」そのものに強い社会的非難が向けられるので、社会的非難の大きさの反映である刑罰も重くなる、これが基本です。ではなぜ故意のない危険運転致死罪が20年以下の懲役という極めて重い刑罰が定められているか、という点を考えると刑法が自動車運転をどのように冷徹に規制しているかが少しわかります。

まず、危険運転致死罪について「死」という結果に着目するとこれは明らかに過失犯です。つまり、危険運転致死罪を犯す者は対象者を「殺そう」「死んでもかまわない」とは思っていません。

しかし、危険運転致死罪が定める行為には別の「結果」もあります。つまり「危険運転」という状態そのものを結果の1つとして捉えることが可能なのです。そして法は「危険運転」の類型として、①飲酒・薬物使用運転、②制御困難運転、③無免許運転、④割り込み・幅寄せ運転、⑤信号無視等運転、⑥通行禁止道路運転という6類型を定めています。

これら①〜⑥までの「危険運転が行われているという状態」という「結果」については、明らかに「故意」があります。今回の被告人も4号所定の「人の通行を妨害する目的で、被害車直前に侵入、著しく接近」することにはまさに「故意」があったものと思われます。

そして、上記①〜⑥の行為はいずれも道路交通法に違反する行為であり、しかも道交法違反の中でも非常に悪質、言い換えれば強く抑止しなければならないと考えられている行為類型です。

道交法の目的は

道交法1条「…道路における危険を防止し…」

と定められているとおり、道路の危険防止、交通事故防止です。

つまり、危険運転致死罪は

「交通事故防止が目的の道交法で特に悪質とされている行為(=危険運転)を故意に行った結果、人を死に至らせた」

ということになります。

つまり、交通事故防止の観点からは最も抑止すべき=社会的非難の強い行為を「故意」で行ったのですから、社会的非難はそもそも大きいことが危険運転致死罪の重罰の大きな根拠の1つとなっているのです。そして、その「結果」は意図したものでは無くとも「人の死」という重大、すなわち社会的非難が強い「結果」です。

このⅰ)交通事故防止のため最も抑止すべき行為を「故意」で行った、ⅱ)それによって引き起こされた結果も重大、という2点の重罰根拠があるため、危険運転致死罪の法定刑は非常に重いことになります。

もちろん、通常の過失と比べて非常に重罰なので、危険運転致死罪の条文は非常に厳格に解釈されており、今回の被告人が危険運転致死罪での処罰(判決)になるかどうかは現段階では不明です。

ただ、危険運転致死罪の存在は、刑法は「故意」「過失」という基本的な視点に加え、「交通事故の防止の観点の悪質性」等様々な要素を勘案した規定を置くことで交通事故ないし犯罪全体を抑止・規律しようという壮大かつ困難な役割を担っていることをよく表していると思われます。

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