弁護士由井照彦のブログ

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内部留保に課税する?−収得税と財産税で議論を整理

希望の党が公約として消費増税を凍結し、代替財源として企業の内部留保への課税を検討していることについて「内部留保=悪だというのは共産党と同じリベラルで左な発想だ!」vs.「消費増税凍結のためには仕方ない」等という恐ろしく粗雑で中身がわかりにくい応酬がはじまっています。

内部留保への課税というのは財産税の一種であると考えられますので、この問題を考えるにあたって、現在既にある財産税の仕組みなどを知っておくと議論を整理し、理解するのに非常に有益です。

我が国の税制の原則は収得税である所得課税が原則です。これは所得に課税するわけですが、企業の所得とは

法人税法22条1項「…法人の…所得の金額は、…益金の額から…損金の額を控除した金額とする。」

と規定されています。これは要するに企業の売上等の収入から必要経費を引いた純益の一部(23.4%)を税金として徴収するということです。

すなわち、企業はその年新たに手にした利益の約2割を税金として支払い、約8割を手元に残せます。言い換えると、企業は税金を支払うことで手元に残る利益は減りますが、その前年より財産が減ることはありません。当然、赤字の年には納税する必要がありません。

つまり、所得課税=収得税は企業は永続すべき存在=ゴーイングコンサーンである、ということに適合した課税といえます。

次に、内部留保への課税を含む財産税とは、ある財産を所有していることに着目して課税される税です。現行法での典型的な財産税は固定資産税であり、

地方税法342条1項「固定資産税は、固定資産に対し、…課する。」

地方税法343条1項「固定資産税は、固定資産の所有者…に課する。」

 と規定されており、要するに不動産の価格(固定資産評価額)に税率をかけた金額をその不動産の所有者から徴収する税です。

固定資産を持っていれば課税されますので、それを賃貸に出す等運用していなくても(自社ビルやその土地など)、徴収されますし、所有者である限り毎年徴収されます。つまり、企業に収入があろうが無かろうが、赤字であろうが関係なく、不動産価格の一定割合が毎年税として徴収されることになります。

 内部留保とは、企業が純益として得た利益を複数年配当や投資に回さず、預金等で保有する財産を意味しますので、内部留保に対する課税とは、「預金等の財産を持っていることに着目して徴収する税」ということになり、財産税の一種と考えられます。具体的には内部留保額に一定の税率をかけた金額を毎年徴収することになろうかと思います。

さて、財産税は財産を多く持っている者からその年の儲けとは関係なく徴収されますので、税金の徴収を通じて資産を多く持つ者から少ない者に資産を国が再分配する機能を果たすことになります。固定資産税で言えば、不動産を持っている人から税を徴収し、持っていない人に対しても使われる国の財源に加えることで、資産の再分配を行っている訳です。

この資産の再分配機能を肯定的に評価するかどうかが内部留保課税の賛否を考える際の1つのポイントです。

共産党などはこの再分配機能に肯定的な評価を与えていると考えられます。

一方、内部留保は、利益を上げた年に一度法人税を徴収された残りが積み重なったものですので、これに課税するということは企業にとっては利益に対して所得課税と内部留保課税の二重に課税されていることになります。これは財産税が利益への重税という側面を有していることを表しています。

そして、企業が内部留保をするのは良い投資機会があった際にチャンスを逃さず投資活動を行い、業績を上げるためと言えます。その原資である利益に二重に課税し、重税を課すのは企業活動を抑制し、日本経済に良くないという見方があり得ます。この企業活動の抑制効果がどの程度強いと考えるか、という評価も内部留保課税の賛否を考える際の1つのポイントです。

内部留保課税に対して批判的な立場をとる人たちの基本的な視点はこの抑制効果を重く見ていることにあるはずです。

他方、我が国の企業は内部留保を厚くするが投資は抑制的になる傾向がある、との見方があり得ます。そうすると、内部留保に課税することは、課税を免れるために企業が内部留保を減らし、投資・配当・賃金等に資金を回すことを促す、という考え方が成り立ちます。少し前の小泉政権のキャッチフレーズだった「貯蓄から投資へ」というのはこの考え方の個人版です。

この投資等促進効果をどの程度重視するかもまた、内部留保課税への賛否を考える際の1つの視点です。

共産党やリベラルは嫌いだけど、内部留保課税には賛成」という人たちの基本的な視点の1つはこの投資促進効果の重視にあるはずです。

 政治問題は一種の感情論に走りがちです。しかし、右だ左だというレッテルではなく、冷静な議論をするために、まず現行制度の考え方をツールに議論を自分なりに整理する、というのは非常に有益だと思われます。

mainichi.jp

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