弁護士由井照彦のブログ

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富裕層が海外逃避?−もう1つの出国税

記事にある観光庁長官が検討している「出国税」は一般人向けに構想されているものです。この新税の是非を議論するにあたっては、従来からある「もう1つの出国税」との違いを意識することは有益です(ちなみに、出国税については何回かに分けて説明するつもりです)。

「もう1つの出国税」とは、国外転出時課税制度と呼ばれるものです。

有価証券の代表格である上場株式は、日々その価格が上下します。買ったときより市場価格が上がれば、その人は値上がり分資産が増えることになります。これは経済的価値の流入ですので、その人に「所得」が発生した、と言えます。一般用語で言う値上がり益=キャピタルゲインは所得の1つということになります。

所得が発生している以上、キャピタルゲインには所得税を課税すべきです。しかし、キャピタルゲインは所得と言っても、株式を売っていない以上、その人に現金が入るわけではないので、納税資金がありません。これを国の立場から見れば「徴税が技術的に困難」ということになります。

ここで注意しなければならないのは「現金が入らないから、そもそも税は発生しない」という発想を我が国の税法はとっていないことです。所得は発生しており、本来は納税しなければならないが、徴税技術上の問題から、課税していないに過ぎないということです。

では、どうやって課税するかというと、

所得税法33条1項「譲渡所得とは・・・による所得をいう。」
同条3項「譲渡所得の金額は、・・・総収入金額から当該所得の基因となつた資産の取得費・・・を控除・・・した金額とする。」

つまり、資産を「売った時」に、
売却金額−買った際の価格
を所得として、これに税率をかける訳です。

これは日々上下する価格をその有価証券保有者が保有している間は課税せず、売った場合にその時点での値上がり分に対して課税する、ということです。

ここで立ちはだかるのが以下の規定です、

所得税法5条1項「居住者は、この法律により、所得税を納める義務がある。」

これは、我が国の「居住者」に対してしか、我が国は課税できないのが原則であることを規定しています。

そうすると、当然、「株式等を売ったときに我が国の居住者でなければいいじゃないか!」と考える人が出てきます。当然、富裕層が中心です。

つまり、有価証券を多額(現行規定では1億円以上)持っていて、かつ、それが買ったときよりかなり値上がりしている=キャピタルゲインが発生している人が、売る前にキャピタルゲイン課税の無い国・地域(香港など)に移住して、そこで株式を売却して、納税を免れようとするのです。

海外に移住することは違法である訳がなく、日本で買った株式を海外で売っても違法ではないので、この行為は当然適法です。

しかし、課税当局から見れば、これは適法行為の選択可能性を乱用して、不当に課税を逃れている=租税回避行為そのものです。しかも、こういうことをする富裕層がかなりの数存在し、どんどん増加していっていました。これを放置すると、他の納税者との不公平が甚だしく生じてしまいます。

この事態に対処するために2015年に導入されたのが、冒頭に書いた国外転出時課税制度(もう1つの出国税)であり、代表的な規定である所得税法60条の2は、

所得税法60条の2「国外転出・・・をする居住者が、その国外転出の時において有価証券・・・を有する場合には、その者の・・・譲渡所得の金額・・・の計算については、その国外転出の時に、・・・当該有価証券等の譲渡があつたものとみなす。」

と規定して、海外出国時に有価証券を所有する者にキャピタルゲインが発生している場合には、売っていなくとも、出国時の値上がり益に課税して徴収することにしたわけです。

上に書いた通り、キャピタルゲインも所得ですから、課税すること自体は何の問題もなく、徴税技術上の問題を「みなし譲渡」という手法でクリアしたということです。
これにより移住前に生じたキャピタルゲインに課税されてしまうので、富裕層が海外移住して課税を逃れるメリットがかなり小さくなります。つまり、「税の公平性が保たれた」状態になったということです。これは、以前に書いた「課税当局と租税回避行為(をする人)との闘い」又は「イタチごっこ」の一環であったと言えます。

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