弁護士由井照彦のブログ

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文書偽造は何を偽るの?−書換え問題を考えてみる

私は弁護士になる前にとある民間企業に勤めていたのですが、すべての決裁が終わった決裁文書を事後的に修正して入れ替えるなど、かなりマジな違法行為であることは従業員全員が当然の前提としていたように思われます。

しかし、そもそも今回の書換えというのはどのような犯罪になり得るのか?については悩ましいものが有ります。

「文書偽造」という犯罪は、例えば有印公文書偽造・変造罪として、

刑法154条1項「行使の目的で、公務所若しくは公務員の印章…を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した…公務員の印章…を使用して公務所若しくは公務員の作成すべき文書若しくは図画を偽造した者は、一年以上十年以下の懲役に処する。」

と定められています。

ここで大事なのは、一般のイメージとは異なり「偽造」とは「作成名義を偽る」ことを指し、内容が虚偽かどうかは問われません。簡単に言うと、AさんがBさんの名前で文書を作る、のが刑法上の偽造だということです。

これは、文書の作成名義さえ正しければ、内容が虚偽であったことの責任を作成名義人に追及(通常は民事訴訟によるでしょう)すれば、被害を回復できますが、作成名義を偽られると、真の作成者(犯人)の名前は文書のどこにも出てきませんから、責任追及がとても難しくなります。そのため、刑法は文書の信用性を担保するために、最低限作成名義を偽る行為を「偽造」として刑事罰を科して抑制しているわけです。これを「有形偽造」と言ったりします。

私文書においては、医師の診断書等を除き、文書偽造罪は有形偽造しか罰せられません。被害の回復方法=民事訴訟は正に私人間の争いを解決するための制度なので、内容虚偽は民事訴訟に任せてしまう、ということです。

しかし、公務所や公務員が作成する文書はそうはいきません。公的文書が発信されると、それを基礎に役所が動き、更に行政文書が作られて別の処分となり・・・というような連鎖が続きますし、各種の証明書を考えればわかるとおり、一般社会での公文書の信頼性は高いため、被害が私文書よりはるかに広がりがちです。

そのため、公文書については虚偽公文書作成罪として、

刑法156条「公務員が、その職務に関し、行使の目的で、虚偽の文書若しくは図画を作成し、又は文書若しくは図画を変造したときは、印章又は署名の有無により区別して、前二条の例による。」

 

 と定められて、作成名義を偽らずに(=有形偽造なしに)内容虚偽の公文書を作成することも有形偽造と同じ法定刑で罰せられます。これを無形偽造と言ったりします。

さて、上記規定を前提としつつ、各種報道を基に今回の書換え問題を考えると以下のようになるように思われます(ただし、報道が断片的な上、全てが真実かどうか不明ですので、あくまで仮定のお話です)。

大前提として、上記規定からわかるとおり、公文書偽造罪、虚偽公文書作成罪は10年以下の懲役という非常に重い刑罰が課される重罪です。

今回財務省が書換えを認める方針と報道される文書は財務省(近畿財務局)において、森友学園との契約を決める決裁文書のようです。

通常、決裁文書は、一番下位の者=起案者の印鑑からはじまり、順次上位の者が当該契約をOKと判断する旨を表示する(決裁する)ために印鑑を押していくものです。したがって、文書に印鑑を押した者全員の契約OKの意思=決裁がなされていますので、印鑑を押した決裁者全員が「作成権限者」と考えるのが自然です。

そして、3月9日の産経新聞の報道によると「財務省の説明では、同省近畿財務局で決裁に関わった27人にヒアリングしたところ、全員が決裁後の書き換えを否定した。」ということですので、書換えは決裁者以外の者が行ったということになります。そうすると、決裁者以外の者が決裁者名義の文書を作成したことになり、有形偽造が行われた、つまり書換え者に公文書偽造罪が成立することになりそうです。

ただ、官庁の文書の究極的な決裁者はそのトップである、つまりトップの決裁があればその他の者の「決裁」は内部手続事項であり、法的な作成権限はトップにのみある、だからトップの許可(決裁)があれば事後的な書換えは公文書偽造にあたらない、という「強弁」はあるかもしれません(私個人は相当に無理な解釈だと思います)。

しかし、その場合でも書換え後の文書は本来の決裁者達は現実には決裁していない(だからこそ決裁後の書換えを否定している)のですから、「決裁者が決裁した文書」という内容は虚偽ですので、虚偽公文書作成罪が成立する可能性は十分にあります。

もちろん、今回の事件でのトップとは麻生財務大臣であり、麻生氏が書換えを指示・決裁していたとしたら、非常に大きな政治責任を問われ、おそらくは内閣が吹っ飛びます。

仮に産経新聞の報道が間違っていた=決裁者が書換えを行っていたとしても、決裁者全員が書換えを決済していない限り公文書偽造になると思われます。決裁者全員で書換えを行っていたとしても、少なくとも決裁日、決裁番号については内容虚偽となりますし、前の文書が本来の決裁文書であることに変わりはありませんので、それを内容の異なる書換え後の文書はやはり内容虚偽となり、結局虚偽公文書作成罪が成立する可能性があります(この点は、書換えの内容によります)。

今回の書換え問題は、文書偽造罪、虚偽公文書作成罪という重罪と、恐ろしく大きな政治責任が絡んでいる、という視点をもって推移を見守ることはわが国の政治を考える上で、有益だと思います。

 

headlines.yahoo.co.jp

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