弁護士由井照彦のブログ

法律の視点からの社会・事件やリーガルリサーチについて

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入れ墨はアート?−違法と違憲

我が国の法は、まず、頂点に「憲法」があり、その憲法によって立法権を与えられた国会が「法律」を制定する、という構造です。そして法律が憲法に反するかどうかを判断するのが裁判所です。

ここまでは、中学校等でも習うのですが、法律と憲法が具体的にどのように絡み合って問題になるはわかりにくいと思います。この点を記事にある「入れ墨はアートだ!」という事件に則して説明します。

まず、問題となっている「法律」は医師法であり、

医師法17条「医師でなければ、医業をなしてはならない。」

と定められています。
そして、

医業とは、当該行為を行うに当たり、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を、反復継続する意思をもって行うこと

と考えられています。

入れ墨との関係で問題になるのは「医師の医学的判断及び技術・・・でなければ人体に危害を及ぼすおそれがある」かどうかです。
記事の彫師の第1の主張は「入れ墨を彫ることは医師でなくとも危険ではない」ということです。
入れ墨を彫るのが人体に危害を及ぼすおそれが無いのであれば、「医業」にはあたらないことになります。そうすると彫師は医師法違反ではなく、無罪判決となります。この判決を出すのに憲法を持ち出す必要はないため、これは違憲判決ではあり得ません。

無罪判決が出れば彫師は満足であり、憲法の問題を持ち出す必要も場面もありません。
訴追する検察官は有罪判決であれば満足であり、やはり憲法を持ち出す必要も場面もありません。無罪判決であっても検察官としては控訴審で「入れ墨を彫ることは医業にあたる」という医師法という「法律」の解釈を主張するだけで、憲法を持ち出す必要も場面もやはりありません。

つまり、ここではあくまでも「法律」の解釈が問題となっており、憲法の出る幕ではありません。

問題は「入れ墨を彫ることは医業にあたる」という判断がなされる場合、または、そのような判断が予想される場合です。
この場合、彫った彫師は医師法に違反するので、有罪になります。つまり、被告人である彫師は別の理屈を考えなければなりません。

法律の解釈として入れ墨を彫ることが医業にあたるとされてしまう以上、彫師が無罪になるための理屈は「医師法17条は無効である」ということになります。
そして、冒頭で書いた通り法律は国会で制定されたものなので、それを無効にする理屈は「医師法17条は憲法に反する。したがって、無効である」ということになります。

それが記事で彫師の弁護人が言っている
「彫師に医師免許を要求することは、憲法で保障された表現の自由職業選択の自由、タトゥーを入れたい人の自己決定権を侵害する」
という主張になります。

この主張を表現の自由について見てみると、憲法

憲法21条1項「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」

と規定しており、記事でも彫師は
「入れ墨はアート=表現だから、それを彫師に医師免許を要求することで制限するのは、表現の自由の保障=憲法21条に反する」
と主張しているわけです。

この主張が仮に裁判所が正しいと考えると、その判決は「医師法17条は憲法21条に反するから無効である。したがって、被告人(彫師)は法律に反していないことになり、無罪」という内容になります。
ここでは憲法を理由に国会が定めた法律を裁判所が無効と判断しており、憲法問題が前面に出ています。つまり、違憲判決、ということになります。

このようなタイプの違憲判決を「法令違憲」と言いますが(他に「適用違憲」というタイプが有りますが、それは別の機会に。)、国会(議員)は「通常」、憲法に反しないように法律を定めているはずですから、法律が憲法に反するか否か?という問題は滅多に起こるものではありません。実際、戦後の法令違憲判決は議員定数配分事件を除けば10件に満ちません。

しかし、法律は国家が執行するため、法律によって憲法で認められた権利・利益が侵害されると、その威力は絶大です。したがって、法律が憲法に違反しないか?をしっかりと監視することは裁判所及び裁判制度に携わる私達法曹実務家の重要な役割、ということになります。

headlines.yahoo.co.jp

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