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弁護士由井照彦のブログ

法律の視点からの社会・事件やリーガルリサーチについて

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知らなきゃ悪くない?ー故意の意味

英孝氏を擁護する理由を聞かれると(私を含む)多くの男が「明日は我が身」と思うからのような気がしますが、それはともかく、英孝氏の弁明や擁護論を法律的に構成すると、彼には「故意が無かった」ということになります。
そして、英孝氏や彼の擁護者を批判する人々は、(知らなかったはずはないとの批判以外では)「知ってようと知らなかろうと悪いことをしたんだろう」と批判しているのであり、犯罪に故意は必要ない、という見解に親和性があります。
刑罰という社会的非難が加えられる「犯罪」を正確に定義すると「①構成要件に該当し、②違法で、③有責な、行為」ということになります。」
今回の事件に引き直せば、①は17才の女性と情交関係を結んだことであり、②は正当防衛等の違法性を失わせる事情がないことを意味します。
そして、③が故意ということになります。
故意については、刑法に規定があり

刑法38条1項「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」

 とされています。

つまり、故意とは「罪を犯す意思」であり、我が国ではこれが無いと原則として犯罪は成立せず、罰されることはありません。なお、例外は過失犯処罰ということになります。
「罪を犯す意思」をもう少し実質的に定義すると、「犯罪事実の認識」ということになります。そして、犯罪事実とは①の構成要件該当事実を中心とする事実です。
このような意味での故意が犯罪成立に必要である理由は、①の構成要件にあたる「客観的に悪いこと」を認識していながら、敢えて行為をした・思いとどまらなかったことが、強い社会的非難にあたる、と考えられるからです。
さもないと、行為者は非難されるべきであるから処罰されるのではなく、単に運が悪かったから処罰される、ということになってしまいます。そうすると、国民が法を守ろう、犯罪を犯さないようにしよう、という遵法意識が段々低下していくことになり、健全な社会が維持できなくなります。
つまり、犯罪事実の認識が無い場合、自己の行為が「悪い」と認識できない訳ですから、その行為を思い止まろうという動機(=反対動機)が発生しないので、行為者に強い社会的非難をすることができないので、刑罰を課すべきではなく、犯罪は成立しない、ということになります。
今回の事件でも、相手の女性が17才(青少年)であるからこそ、情交関係を結ぶことが、青少年保護育成条例が刑事罰を課しているわけであり、相手の年齢が「17才」というのは犯罪事実そのものであり、故意の一内容です。
そして、英孝氏が相手が17才と知らなかったとすれば、情交関係を思い止まろう、という動機は発生しません。
そのため、彼に強力な社会的非難である刑罰を課すことはできないのです。
法律と一般常識は違います。淫行処罰されなくとも、一般常識からは彼の行為を非難することもあり得る考え方です。
しかし、現代ではネット上の常識とリアルの常識がかなり異なることから分かる通り、「何が一般常識か?」自体を考えることが極めて重要です。そうすると、改めて考えた一般常識からは彼を非難すべきでない、との考え方も成り立ち得ます(もちろん、改めて考えて、やはり彼は非難されるべき、との結論になる可能性もあります)
そして、一般常識の内容を考えるにあたって、我が国の法律の仕組みを思考の道具の1つとすることは、有益であり、思索が深まると思います。
 
 
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