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弁護士由井照彦のブログ

法律の視点からの社会・事件やリーガルリサーチについて

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共謀や共犯とは一体何か?

暴力団犯罪に限らず、複数の人が関与する犯罪について、容疑者が「共謀を否認している」という報道がなされていることはよくあります。この報道から事件や犯人相互の関係性等を想像するには、そもそも「共犯とは一体何か?」を知ることが有用です。

刑法は「共犯」の表題の下、60条から65条まで6つの条文を規定しています。つまり、複数名による犯罪について、わざわざ表題を付けて特別の条文を設けていることになりますので、刑法はいわゆる「単独犯」を犯罪の基本形態として定めていることがわかります。

このことは、例えば殺人罪を想定するとわかりやすいと思います。つまり、ナイフで被害者を刺すことが殺人の実行行為であり、刺した人が犯人だ、ということを殺人罪の典型・原則として刑法は想定している、ということです。

しかし、例えば2人組が被害者に因縁をつけて、代わる代わる刺したが、その内1人の刺し傷が致命傷になった、という場合に、致命傷を与えなかった方の犯人が殺人罪としては処罰されない、というのはどう考えても正義に反しますし、犯罪抑止という刑法の目的にも反します。このことを突き詰めると、どちらの刺し傷が致命傷かわからない(立証できない)場合には、無罪という結論にならざるを得ないことになり、不合理さは更に増します。

このような事態に対処するため特別に設けられたのが、共犯に関する規定、ということになります。

共犯の内、共同正犯については、

刑法60条「二人以上共同して犯罪を実行した者は、すべて正犯とする。」

と規定されています。
これは実行行為者(刺した人)に犯行をそそのかした「教唆犯」や、犯行を助けた「幇助犯」ではなく、実行行為者と「共同して実行した」場合には、その者については実行行為者と同じく「正犯」として、重く罰する、ということを定めています。

ここて重要なことは、共同「正犯」である以上、規定上刑が軽減される「幇助犯」はもちろん、規定上は刑は軽減されない教唆犯よりも、共同正犯は責任が重い、ということです。

しかし、問題はその先にあります。文言上「『共同して』実行した者」となっているため、刺殺の実行行為者にダガーナイフを渡した者のように、殺す行為=実行行為そのものを共同していない(分担していない)者を処罰できるのか?という疑問が生ずるのです。

もちろん、ダガーナイフを渡した者は殺人を助けたことになるので、幇助犯として処罰することも考えられますが、幇助犯の刑は正犯より軽くなってしまいます。

更に、記事のように組長が組員に殺害を命じた場合や、殺害を2人で綿密に計画したが、言い換えれば「共謀」したが、殺害行為は1人でやった場合は、教唆犯にはなり得ますが、犯罪の実態・組長と組員の関係・殺害計画の重要性などから、「正犯でない」=責任が軽い、とするのはいかにも正義に反し、犯罪抑止という刑法の目的にも反します。

そのため、判例や学説は理論構成は様々ですが、「共同して実行した」と言えるために実行行為の分担は必要ではなく、その犯罪の実現にとって重大な意味を持つ行為をした者には正犯としての責任を問うという「法解釈」を行っています。これを共謀共同正犯と言います。
この解釈により妥当な処罰を実現しているのです。

記事のような場合、組長は殺害行為には一切タッチしていません。しかし、組長が組員に命令したとすれば、親分の命令が絶対である暴力団においては、殺害を決定づけるほどに重要な意味を持つ行為をしたと言え、殺人の(共同)「正犯」として罰せられることになります。

したがって、組長が組員に命令したか?つまり共謀があったか否かが組長を処罰する上で、極めて重要な事実となります。そのため、共謀を認めているか否認しているかが、報道されるのです。

headlines.yahoo.co.jp

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