弁護士由井照彦のブログ

法律の視点からの社会・事件やリーガルリサーチについて

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キセル乗車の悩ましさ

キセル乗車は、一般には身近でイメージしやすい犯罪ですが、法律的には中々ややこしい犯罪類型です。
適用される罪名は、(鉄道営業法28条違反を除けば)詐欺罪であり、

 刑法246条「①人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の懲役に処する。

②前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。」

と規定されています。
やや分かりづらい規定ですが、要するに詐欺罪の成立のためには、ⅰ)犯人の欺く(だます)行為→ⅱ)だまされた人の誤信→ⅲ)誤信に基づく物や利益の供与、が必要であることを規定しているのです。
キセル乗車が悩ましいのは、ⅰ)犯人が誰をだまして、ⅲ)誰が利益を供与したのかがよくわからず、したがって詐欺罪は成立しないのではないか?との疑いがあるためです。
まず、乗車駅で本当の目的地より手前の切符を駅員さんに示したことをⅰ)だます行為ととらえ、電車運転手が犯人を本当の目的地まで運んだ行為を、ⅲ)利益の供与と捉えることが考えられます。
しかし、本当の目的地がどこだろうと、乗車駅の駅員さんに見せた切符は有効であり、駅員さんが駅への入場を拒否することはできないのではないか?、だまされて誤信しているのは乗車駅の駅員さんであって、電車の運転手ではないので、ⅲ)誤信に基づいて利益を供与した、とは言えないのではないか?等の疑問が投げかけられます。
次に、下車駅で下車駅の少し手前から乗ったかのような切符を改札で示すことをⅰ)だます行為ととらえ、改札の駅員さんが改札を通すことをⅲ)真に乗車した区間との差額を免除するという利益供与を行った、ととらえることが考えられます。
しかし、下車駅の改札の駅員さんは、犯人が真に乗車した区間の存在を意識しておらず、にもかかわらず差額を「免除した」とは言えないのではないか?との疑問が投げかけられます。
判例や学説の大勢は、乗車駅で見せた切符はキセル目的であり、権利行使に仮託したものにすぎないこと、駅員も運転手も同じ鉄道会社の職員であること、利益を「供与した」と言えるために、利益の存在を意識している必要はない等の理由により、詐欺罪の成立を認めています。
一般から見れば、なぜこんなことを考えるのかわかりにくいと思います。
それは、法律は、国会で定められ、国民の権利義務を定めるものであるため、安定した運用・適用がなされるべきである一方、法律の対象は社会全体であり、常に新しい社会的事象に向き合う必要性が高い、という二面性を有することに原因があります。
つまり、法律の条文文言を「解釈」することにより、新しい社会的事象に対応しつつ、「論理的に解釈」される範囲での適用を徹底することで、場当たり的な対応にならないようにして、法律の安定性を確保しているのです。
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