弁護士由井照彦のブログ

法律の視点からの社会・事件やリーガルリサーチについて

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シンプルは深い?−従来からある基本的な制度や解釈の重要さ

 私は「ジェイコム男」と呼ばれる人に驚いた世代なので、「億り人」ぐらいではさほど感慨は無かったのですが、それはともかく、記事の「億り人」は、実は、特段不当な目にあっているわけではありません。また、国税庁は、暗号資産の課税ルールを示した文書を「密かに公表した」わけでも、まして「『国税当局の課税ルールは、暗号資産投資の実態を無視している』と憤る」などと言われるような、不当で目新しいことをしたわけでもありません。

 国税が示した課税ルールは所得税の仕組みからは当然過ぎる内容だからです。この仕組を知っておくことは、我々が「仮想通貨!暗号資産!」「AIなんたら!」のような目新しいナニカに手を出すときに、課税について思いを至らせる良いツールとなります。

 また、手堅くシンプルな「法解釈」を知っておくことの重要さを示す好古の素材とも言えます。

  まず、暗号資産だろうが、昔の小豆だろうが、マニアックなフィギュアだろうが、「何かを買う」「何かを、売る」というのは、「譲渡」ということになります。日本語の一般的な用法です。

 所得税法の規定に引き直せば、

所得税法33条1項「譲渡所得とは、資産の譲渡・・・による所得をいう。」

ということになり、その計算方法は、

同条3項「譲渡所得の金額は、・・・その年中の当該所得に係る総収入金額から当該所得の基因となつた資産の取得費・・・を控除し、その残額の合計額(・・・以下この条において「譲渡益」という。)から譲渡所得の特別控除額を控除した金額とする。」

ということになります。

  特別控除額を無視して、上記をざっくり言えば、

  •  買った値段−売った値段=譲渡益≒譲渡所得

として、この譲渡所得に税率をかけて課税するということです。

 大事なことは、「譲渡」についての課税や計算方法はこの所得税法33条以外に一般的に定める条文が存在しない、ということです。(固定資産の交換特例等特別な定めはあります。)

 このことは、「交換」についても、上記の計算方法で計算されることを意味します。

 ここで法解釈が行われます。

 交換というのは、

  •  100円のモノA2つと200円のモノB1つを交換する

というようなことです。これを上記の所得税法33条で計算できるように言葉を換える=解釈すると

  •  モノAを1個100円で2個売って、その売却代金200円で買った

ということになります。貨幣には物々交換の価値の尺度を媒介する機能がある、というような経済学的な説明をしてもいいかと思います。

 こう考えれば、モノAの仕入れ値が80円だったとすると、譲渡所得の金額は、

  •  収入金額(@100円×2個)−取得費(@80円×2個)=譲渡所得(40円)

ということになり、所得税法33条のとおりに計算できます。

 とてもシンプルでわかりやすいです。これが税法や法律の「解釈」という営みの一環です。

 ちなみに、土地と土地の交換など、「交換」という取引とそれに伴う譲渡所得課税は、特段珍しい現象ではありません。

 しかし、このわかりやすい、シンプルな法解釈にはもっと実践的で、深い意味もあります。

 というのは、仮に記事の「億り人」のように「換金した時に課税される。」と考えると、

  1.  A2個をB1個と交換し、
  2.  そのB1個とC8個を交換し、
  3.  現金で新たにC2個買い足して、
  4.  C10個をD4個と交換し、
  5.  残りのC3個をE2個と交換し、
  6.  現金でD1個とE3個を買い足して、
  7.  D5個とE4個のセットとF3個を交換して、
  8.  現金でF1個を買い足して・・・・・・

・・・と延々と続いていった場合に、

 仮に、最終的に全額が一気に換金されたとしても、所得税法33条が定める、

  • 「取得費」がいったいいくらで、
  • 「収入」がいったどれと対応しているか

は、全くわからないことになるからです。

 更に、換金が全額一気ではなく、五月雨式に、しかも買い足しも挟みながら、数年に渡った場合には、

  • いったどの時点で「収入」があったか

もまったくわからなくなります。

 つまり、記事の「億り人」が言う「暗号資産は別の暗号資産と交換するのが普通」というのが「実態」であるとすれば、所得税を確実に課税し、徴税するためには、

  • 暗号資産Aを売った代金で、暗号資産Bを買った

と考える以外に方法はありませんし、交換時に課税する以外に、課税できるタイミングもあり得ないことになります。 

 つまり、暗号資産についても「(所得)税を課する」という目的のためには、従来からある、所得税法33条の解釈を用いることが適切であるということになります。

 「所得税を課す」立場ではなく、逆に、交換をした「億り人」の立場に立つとどうでしょうか。

 例えば、4BTC持っていた「億り人」がそのうち1BTCと20XRPと交換したとします(これは記事中の国税庁HPの文書にある例です)。

 ここだけを見れば、たしかに「億り人」は現金を手にしておらず、納税しろと言われても無い袖は触れませんので、酷だと言いたくなるかもしれません。記事の「億り人」が、「『国税当局の課税ルールは、暗号資産投資の実態を無視している』と憤」っているというのはこれを指すのでしょう。

 しかし、単純に考えれば分かり通り、上記の例で「億り人」はもう1BTCを換金しておけば、納税資金=現金を確保できます。もちろん、別の手持ちの暗号資産を売ってもいいでしょう。

 売れる暗号資産を持っていなければ、そもそも別の暗号資産に交換するのを止めればいいわけです。

 つまり、従来からある所得税法33条の解釈で譲渡所得を計算する場合、「億り人」には、

  • 納税資金の確保方法についても、
  • そもそも交換するかどうかについても、

「自由」が確保されていることになります。

 また、納税資金を手持ちの他の暗号資産を売るなどして確保することは、「納税をコストに計上して、利回りを計算する」という全ての投資活動の基本の基本を実践するだけのことであり、普通のことです。ここに変わったこと、変なこと、不当なことは、全くありません。

 つまり、暗号資産についても、従来からある所得税法33条の解釈により、譲渡所得を計算することは、納税者たる「億り人」の自由を確保し、不当な負担をかけないということになります。

 まとめれば、

交換を「Aを売った売却代金でBを買った」という売買に引き直して、所得税法33条の計算方法を採用する

という法解釈は、

  • わかりやすくシンプルな上、
  • 税額計算を現実的に可能にして、
  • 課税のタイミングもはっきりさせ、
  • 納税者にも不当な負担をかけていない

というとても実践的で深い内容であることになります。

 国税庁が暗号資産の課税について出した「仮想通貨に関する税務上の取扱いについて(情報)」という文書も、この法解釈を暗号資産に引き直して説明しているだけであり、内容は

上記どおりのもので、何も目新しいことも、踏み込んだ内容も書いてあるわけではありません。

 そうすると記事の「億り人」が、現在多額の追徴課税を受けているのは、国税庁のルールが暗号資産の実態に即していないからではなく、従来からある、手堅い法解釈に基づく、通常の、譲渡所得課税の計算方法や課税タイミングを知らなかったことが主たる原因、ということになります。

 このことは、「億り人」を揶揄するネタなのではなく、新しい事業、新しい取引、新しい資産、そして進歩する技術といったことに挑戦する人は、

  • 従来からある
  • 基本的な

税法の解釈や所得や課税の計算方法の基礎の基礎を学んだり、

わからないときには税理士・公認会計士・弁護士といった専門家に助言を求めたり、

といった慎重さが、今後ますます重要になってきていることを示しているように思います。

news.yahoo.co.jp

丸投げにも三分の理?-リスク分散の基礎の基礎

 

 新型コロナ関係では変な企業や変な契約がやたら出てくるなあ、という感想が否めませんが、それはともかく、記事の財務省幹部のような怒りを覚えた方は多いと思います。

 しかし、「丸投げ」すべてが悪いのか?、「丸投げ」が役に立つことはないのか?をよく考えてみることは、ビジネスでよく言われる「リスク分散」の基礎の基礎を学ぶのにとても有益です。

 「丸投げ」は、「『契約』が『2』当事者間」で結ばれる」という法的性質を使ったリスク分散の超基本的な手法だからです。 

 わかりやすく說明するため、Aさんが自宅を建築することを例にします。なお、建設業法では建築工事の一括下請けは禁止されていますが、話を単純にするためにこの点を度外視します。また、これも話を単純にするために、工事代金は工事開始時に全額支払うと仮定します。

 X工務店は、Aさんの自宅建築を800万円で請け負うことが可能です。これは相場よりかなり安い価格です。

 Aさんが最も安く自宅建築するためには、X工務店と直接建築工事契約を結べばよいことになります。単純な話です。

 しかし、(代金支払後)工事途中でX工務店が夜逃げしてしまうと、話が複雑になります。

 逃げたX工務店の社長や従業員を探して見つけたところで、材料費も持っていないでしょうから、工事を続けさせることは不可能です。

 当然、Aさんは別の工務店に残りの工事を発注しなければならず、もちろん工事代金を支払うしかありません。別の工務店はX工務店より代金額が高いかもしれません。

 支払えてもものすごく大きな追加出費ですし、Aさんにそれだけのお金が無ければ、800万円を溝に捨てて工事と自宅を諦めるしかありません。

 こういった事態を避ける=リスクを分散するために、「丸投げ」が用いられることがあります。

 Aさんは、まず、資金力(信用(力))のある大手建設会社Y社に工事を900万円で発注します。AさんとY社が契約している、ということです。

 当然、Aさんに対して、自宅工事を完成させる義務を負うのはY社です。

 Y社はAさんから受注した工事をX工務店に担当させることとし、800万円で下請けに出します。Y社とX工務店が契約しているということです。

 まさしく、丸投げです。Y社は何も工事をしないのに100万円をせしめることができます。

 これだけを見るとAさんがY社に工事を発注したのは、「無駄遣い」ということになります。

 しかし、先程と同じように、工事途中でX工務店が倒産すると話が変わります。

 X工務店が倒産しても、Aさんとの関係で工事を完成させる義務があるのはY社です。Aさんが建築工事契約を結んだのはY社であって、X工務店では無いからです。

ですので、Y社は、Aさんとの契約を履行して工事を完成させるため、別の工務店(Z社)に工事の発注をやり直して、Aさんの自宅を建築しなければなりません。

 やり直しの発注はY社とZ社の契約であって、AさんとZ社の契約ではありませんから、その追加工事代金を支払うのは、当然、Y社です。

 そうすると、Aさんは当初の工事担当X工務店が倒産しようがしまいが、追加費用を支払うこと無く、言い換えれば当初Y社に支払った900万円だけで、確実に自宅を手に入れられます。

 逆に、Y社はX工務店が工事を完成すれば、何もせずに100万円得ることができますが、X工務店が倒産すると追加費用を負担するリスクを追うことになります。追加費用は100万円を超えることが多いでしょうから、その場合Y社はこの取引で損失を出すことになります。

 つまり、丸投げというのは

「『A−Y』」間の契約による権利義務は、『Y−X』→『Y−Z』間の契約による権利義務の影響を受けない」

という「契約」という法技術の性質(「債権の相対効原則」と言います)を利用して、

一方で

Aは追加費用負担なしで確実に自宅建築を手に入れることができ、

他方で

YはXの倒産が無ければ、何もせず100万円の利益を得ることができるが、Xが倒産した場合には追加工事代金を支払わなければならなくなる

という一種の取引です。

 経済的に見れば、

Aは100万円の「完成保証料」をYに支払っている

と見ることもでき、

Yは工事完成の保証人という立場

ということになります。Yは与信を行っていると言い換えることもできます。

 つまり、

「Xの倒産」というAさんが負っていたリスクを、AさんがY社に100万円支払うことによって、Y社に移転した

ということになります。

 丸投げは使いようによっては、与信以外のリスク分散機能を持たせることが可能であり、目的によって、下請けを更に下請けさせたり、上記Y社の立場の会社を複数にしたりと、バリエーションも多様です。

 さて、そこで今回の記事の取引を考えてみると、記事によれば

  • 上記Aの立場は、国
  • Yの立場は、電通その他の会社が設立した法人
  • Xの対場は、電通

ということになります。

A=国は6億円の「保証料」をYに支払っており、

Yが選んだ業務担当者が、X=電通

ということです。

  •  A=国は。費用を無駄遣いしてはいけない一方、給付金が届かないという事態は絶対に避けなければなりません。
  • X=電通は、上記の建築の例とは異なり、大企業で資金力は巨大であり、業務能力も非常に高いでしょう。ただ、おそらくはさほどリーズナブルな業者ではありません。

そうすると、

Yを挟むメリットは何であるのか? 

言い換えれば、

国にとって6億円の保証料は「何を保証してもらっているのか?」

Yには「何を保証できる能力があるのか?」

といったあたりが、問題の焦点のように見えます。

そのような観点でこの手のニュースを見ると、より味わいが深まります。

www.tokyo-np.co.jp

タックスヘイブン利用の基礎知識?

メチャクチャわかりにくい記事だなあ、というのが率直な感想なのですが、それはともかく、なるべくわかりやすく説明してみようともいます。今回はわかりやすさを優先するために、条文の引用は控えます。

 

最初に、我が国の所得税法法人税法の原則を確認すると、

国内居住者・国内法人に課税することを原則とし、

 

非居住者と外国法人は「国内源泉所得」のみに対して課税する=それ以外の所得や利益には課税しない

 となります。

また、「タックスヘイブン」とは、我が国より所得税率や法人税率が著しく低い国や地域をいいます。今回の件ではイギリスの海外領土(自治領)であるヴァージン諸島カリブ海の島)がタックスヘイブンとして使われています。

この、外国法人は国内源泉所得以外に課税されないという我が国の制度と、税率の低いタックスヘイブンを使って、税を免れようとした=租税回避をしようとした、というのが今回の件の大枠です。

 

次に、

事件の概要を、記事の図で使われている社名を使って整理します。

記事よると、ネットジャパン(以下では「NJ社」といいます)の事業譲渡の事案とのことです。

具体的には、NJ社自身が有していた株式をX社に譲渡することにより、X社又はX社の親会社であるY社にNJ社又はその事業部門を譲渡しようとしました。

NJ社の経営権を握っていたのが吉沢会長であり、おそらく大株主でもあったと思われます。

NJ社又は吉沢会長としては、事業譲渡=譲渡株式の対価は高ければ高いほどいいわけです。しかし、株式の売り主のNJ社は日本法人ですので、高値で売ると莫大な税金を支払わなければなりません。

それを避けるために、NJ社は株式を一旦、安い価格で、ヴァージン諸島法人であるA社に売りました。

安い価格で売っていますので、税金も安かったことになります。その後の課税処分の内容からは、おそらく50億円を超える値引での売買であったと思われます。

A社はNJ社から取得した株式を、今度は高い価格でX社に売りました。

高い価格での売却ですが、A社はヴァージン諸島法人なので、同島の非常に低い税率により、とても低額しか税を納めずに済むことになります。

つまり、A社は膨大な(50億を超える)利益を得たことになります。

このA社を誰が支配していたかは記事にはありません。

NJ社(又は吉沢会長)が支配していたとすれば、A社に溜まった利益を、税金が安くなるような形式で、しかも累進課税を避けるために少しずつNJ社に戻していくことになります。

X社(又はY社又は更にその親会社)が支配していたとすれば、A社に溜まった利益は、次に説明するB社を使った取引の原資に回していったはずです。

次に、上記のA社を使った事業譲渡を補完するために、B社を使った取引が行われました。

どう補完するかというと、吉沢会長に利益を帰属させるための取引になります。

まず、吉沢会長が株式を100%保有する、ヴァージン諸島法人のB社がX社の親会社であるY社の株式を購入します。売ったのはY社の更に親会社だったようです。

そしてすぐに、それを同じY社の親会社に売却します(記事でいう売り戻しです)。

この際、B社の購入価格の2倍の金額、おそらく14億円高い値段で売り戻しました。

もちろん、B社には2倍の金額前提の課税があります。しかし、B社はヴァージン諸島法人なので、非常に低い税率が適用され、極めて低額の納税で済むことになります。

つまり、B社には多額の(10億を超える)利益が貯まります。

B社は吉沢会長が支配していますので、溜まった10億以上の利益は、役員給与等の形式で、少しずつ吉沢会長に還元されることになります。

B社取引は正に事業譲渡を受けるX社又はその親会社等から吉沢会長に利益を供与する枠組みであったといえます。

さて、このNJ社及び吉沢会長の取引に対して、国税当局は2つの手段で課税を行いました。

まず、日本国法人の事業譲渡類似の株式譲渡は「国内源泉所得」にあたるとされていることから、NJ社→A社への株式譲渡は、最終的にはX社へ事業譲渡を行うための手段又は中継点であるに過ぎないことから、「事業譲渡類似の株式譲渡」にあたるとして、法人税法を適用して、A社に発生した52億円の収益に、法人税を課しました。

これは、法人税法の単純な適用ですので、タックスヘイブン対策税制というわけではありません。日本企業の大株主兼経営者が住居を(タックスヘイブンではない)米国に移し、その後自社の事業譲渡を株式譲渡により行う場合にも同じように適用されます。

他方で、B社をめぐる取引については、B社の利益は国内源泉所得ではなく、法人税法を直接には適用できません。

また、B社と吉沢会長は別人格ですので、B社の利益について、直接吉沢会長に所得税法を適用することもできません。

そのため、国税当局は、居住者が外国法人を支配している場合、当該外国法人に発生した所得をその支配する居住者の雑所得とみなして所得税を課税することを定める租税特別措置法40条の4を適用して、B社に発生した14億円の利益を吉沢会長個人の雑所得とみなして、所得税法を適用し、所得税を課しました。

この租税特別措置法40条の4が今回適用された「タックスヘイブン対策税制」です。

この事件をみるにつけ、富裕層の租税回避への情熱と、それを許そうとしない国税当局の執念のいたちごっこは永遠に続くのであろうと思います。

headlines.yahoo.co.jp

現代の「勘当?」−子供に財産を全く残さないことができるか?

記事の泰葉氏が実際のところどのような財産状態で、本当に実家の財産を当てにしているかどうかは、知る由もありませんが、それはともかく、自分を相続するであろう子供に大きな借金があり、先祖伝来の土地などの財産を守りたい場合にどうすればよいのか悩む人もそれなりにいます。

そのような場合に、まず、すぐに考えつく手段として「遺言」があります。つまり、

民法961条「十五歳に達した者は、遺言をすることができる。」

民法964条本文「遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる。」

 という規定を使って、遺言をするわけです。 

例えば、Xには、先祖伝来の土地(何箇所かに分かれていて、評価総額は5000万円ほど)と、5000万円の現預金の計1億円の財産があったとします。そして、XにはAとB2人の子供がいましたが、Aは若い頃から定職につかないにもかかわらず、贅沢好きの遊び人で、負債額が1億円を超えている一方、BはXの会社を継ぎ、真面目に働き、会社を大きくしているとします。

この状況でXは、Aが遺産を取得してもあっという間に借金返済で消えてしまうことから、Bにすべての財産を相続させようと考え、

「私Xの遺産はすべてBに相続させる」

との遺言を残すことが考えられます。

しかし、ここで立ちはだかるのが、上記964条のただし書等であり、 

民法964条ただし書「ただし、遺留分に関する規定に違反することができない。」

民法1028条「兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。

一 直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一」

1031条「遺留分権利者及びその承継人は、遺留分保全するのに必要な限度で、遺贈及び前条に規定する贈与の減殺を請求することができる。」

 と定め、上記の例ではBには最低限、

1億円×1/3×1/2=約1666万円

の遺産を相続する権利が残ります。

 遺留分制度がなぜあるのかについては、深遠なる議論がありますが、ともかく子供(兄弟姉妹以外の推定相続人)である以上は、遺産の一定割合を相続する権利が保障されていることになります。

弁護士等の法律家が遺言書の作成を依頼された場合、遺留分制度による財産の取得を前提として、上記の例では先祖伝来の土地をAに食いつぶされないために、例えば、

「私Xは、私の財産の内、預金1667万円をAに相続させ、その余の財産は全てBに相続させる」

として、Aの遺留分減殺請求(遺留分に相当する財産を支払えという請求)を封じつつ、Aが先祖伝来の土地に手を付けることをも防ぐような遺言を作成することがあります。

 しかし、もっと強烈な手段もあるにはあります。つまり、

 民法892条「遺留分を有する推定相続人(相続が開始した場合に相続人となるべき者をいう。以下同じ。)が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。」

 という規定を使って、当該推定相続人、上記の例で言えばBを廃除、すなわちそもそも推定相続人でなくしてしまうのです。ちなみに、この請求は遺言に書くことによってもできます(893条)。 

これは、昔の日本の「勘当」制度の一部が残存しているとも言えますが、推定相続人による「虐待・重大な侮辱・著しい非行」への相続人からの制裁の一種と考えられています。

もちろん、条文上「廃除を家庭裁判所に請求することができる」という規定ですので、請求を受けた家庭裁判所が相続権を全く失わせるほど重大な「被相続人に対する虐待・重大な侮辱、著しい非行」があるかを判断することになりますので、被相続人が自由に相続権を奪えるわけではありません。また、条文に「重大な」とか「著しい」とかいう文言があるため、家庭裁判所もそう簡単には廃除を認めません。

 しかし、廃除が認められると、その者、上記ではAは相続人でなくなりますから、Xの財産を一切相続することができなくなりますので、X(家)の家産は確実に守られることになります。

 ただし、ここから先に「廃除」制度の妙味があります。まず、

 民法894条1項「被相続人は、いつでも、推定相続人の廃除の取消しを家庭裁判所に請求することができる。」

 として、被相続人自身が廃除の取消しを請求できます。つまり、虐待・侮辱・非行を許し、制裁を解除して、その者、上記ではAを再度推定相続人に戻す選択肢を被相続人Xに残し、廃除後のAの更生を考慮できるようにしているのです。この廃除の取消しの請求も遺言でできますので、廃除されていたAが、X死後に遺言を確認すると許されていた=廃除を取り消し、相続させることにしていた、という親等被相続人による非常に奥深い(ある種ドラマティックな)処置・配慮を可能にしています。

 また、廃除に似た制度である、被相続人・先順位相続人を殺害した者や遺言書を隠匿した者などの相続権を否定する相続欠格という制度(民法891条)では、相続欠格者に対しては、

民法956条「・・・第八百九十一条の規定は、受遺者について準用する。」

 と定めて、被相続人からの遺言による財産の取得(受遺)すらもできないことが定められていますが、廃除によって相続権を否定された者に対しては、このような規定は存在しません。

つまり、被相続人は、狼藉を働いた推定相続人、上記のAを廃除して相続人から外しつつ、例えば、

「Aに対し、金500万円を遺贈する」

のような遺言をして、遺留分を下回る財産を残すという、ある種の最後の情けをかける方途も残されているのです。

相続というのは、被相続人の人生全体における他者との人格的な関わり全部が問題とならざるを得ません。また、先祖伝来の財産がある等、被相続人の更に上の世代からの人間関係すら問題となります。

民法はそういう非常に複雑で長期間に渡る人間関係を前提に、一方で紛争予防のために明確な相続ルールを定め、他方でそのルールを微妙に調整する諸制度を設けることで、「紛争をなるべく防ぎつつ、複雑な人間関係を反映させる」というある種矛盾した目標を達成しようとしており、見方を変えればそれが「妙味」ということになります。

news.nifty.com

「辞めてやる!vs.手続きだ!」?−職業人の契約あれこれ

私は、宮沢りえさんの「Santa Fe」に衝撃を受けた世代なので、貴乃花にはいささかマイナスの感情がありますが、それはともかく、記事のように相撲協会芝田山広報部長が言う「適式な届けが出ていないので、受理していない。よって、明日も仕事していただく」という言動の意味を考えることは、職業人と企業等との契約を考える好古の素材です。

 相撲協会は公益財団法人ですので、法人運営の基本規則は、「定款」で定められています。相撲協会の「定款」の中で貴乃花氏の地位である「年寄」については、

 定款48条「①この法人には、協会員として年寄を置く。②年寄は、年寄名跡を襲名した者とする。③年寄は、理事長の指示に従い、協会事業の実施にあたる。」

 とされており、これが年寄についての基本規定になります。

①で年寄が「協会員」であること、③で年寄は相撲協会の役員・トップである「理事長の指示に従う」義務があることがわかります。

 また、

定款46条「①この法人は、相撲道を師資相伝するため、相撲部屋を運営する者及び他の者のうち、この法人が認める者に、人材育成業務を委託する。②この法人は、委託業務に関して、規程に定める費用を支払う。③委託業務に必要な事項は、理事会が別に定める。」

 とされており、相撲部屋の運営は年寄のみに認められるため、これも年寄の基本規定になります。

①②からは、「相撲協会は年寄に対し、人材(弟子)育成を『業務委託』することがわかります。

 まず、「指示に従う」の方の関係を考えるにあたり、ヒントとして相撲協会の決算書を見ると、「役員報酬」と「給料手当」が別に計上されています。つまり、相撲協会は役員には「報酬」を支払い、年寄や力士等の一般の協会員には「給料」を支払っていることがわかります。

「給料」については、所得税法に定めがあり、

所得税法28条1項「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与・・・に係る所得をいう。」 

とされています。つまり、給料とは「給与」の一種です。そして、給与(所得)については、裁判例(最判S56.4.24民集35.3.672)が、

 「給与所得は、雇用契約又はこれに類する原因に基づきなされた、非独立的な労務提供(人的役務の提供)の性質をもった所得・・・」

 としており、基本的には雇用契約の対価・給料です。

 これは定款48条で、年寄は「理事長の指示に従う義務」があるとされていることとも整合します。

つまり、定款48条での相撲協会と年寄の関係は雇用契約と考えられます。

 次に、定款46条の「業務委託」とは、民法上の準委任契約のことを指しますので、相撲協会と年寄の弟子育成に関する関係は、準委任契約と考えられます。

 さて、今回貴乃花氏は、「相撲協会を退職する」と相撲協会に伝えた、言っていますので、上記の雇用契約も、準委任契約も解除するとの意思表示を相撲協会にした、と主張していることになります。

そうすると、雇用契約については

民法628条「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。」

 ということになり、遅くとも2週間後(10月9日)には、貴乃花氏は相撲協会から退職したことになります。

次に、業務委託(準委任契約)については、 

民法651条「委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。」

 とされており、昨日の段階で、貴乃花氏と相撲協会の準委任契約は終了していることになります。

 相撲協会がこれを喜んでいるのか、一旦、翻意させたいのか不明確ですが(というより、不明確にするような対応を故意にしているような気がします)、上記の規定があるため、退職の意思表示がなされてしまったとすると、相撲協会が「受理」するかどうか判断することはできず、これ以上何も言うことがない・できないことになります。

 そのため、「適式な退職届が無い」、すなわち、「そもそも貴乃花氏は退職の意志表示をまだしていない」または「雇用との関係では退職日は昨日ではなく、2週間後である」という主張をするしかなく、それが芝田山広報部長の記事のような発言になったと思われます。

headlines.yahoo.co.jp

開き直りは得策か?ーふるさと納税と寄附金制度の本質

総務省ふるさと納税の返礼品を地場産品に限定し、返礼率も抑えようと要請するのに対して「要請は助言」と開き直る自治体や首長を「頼もしい」と讃える風潮がある地域もあるような気がしますが、それはともかく、開き直った先に展望があるか?をふるさと納税の本質や正当性の観点から考えるのは、今後の制度議論にとても有益だと思います。

ふるさと納税とは、地方税法37条の2所定の「寄付金税額控除」という制度の別名です。これは、

地方税法37条の2「道府県は・・・納税義務者が・・・寄附金を支出し、当該寄附金の額の合計額・・・が二千円を超える場合には、その超える金額の百分の四・・・に相当する金額・・・を当該納税義務者の・・・所得割の額から控除する・・・。

一 都道府県・・・に対する寄附金(当該納税義務者がその寄附によつて設けられた設備を専属的に利用することその他特別の利益が当該納税義務者に及ぶと認められるものを除く。)」

 という規定です。つまり、ふるさと納税とは、

ふるさと(地方)に「納税」するのではなく、

地方自治体に「寄付」を行った場合に、寄付金額を自分が居住する自治体への住民税等の税額から「控除」して(引いて)もらう

 という制度です。

ここで重要なのは、私達が自治体に払うのは「寄付」であって、「税」でないことです。

この「税ではなく寄付である」というポリシーは、上記規定自体、カッコ書きが、自治体から「特別の利益が及ぶ」場合には、寄附金控除しない=住民税等を減らさないことを定めて、

「寄付」は無償の行為(好意?)であって、対価(何らかの利益)を得るべきではない

という価値観を明確に定めていることからもわかるとおり、寄附金控除制度=ふるさと納税制度の正当性の根幹です。 

ちなみに似たような制度として、所得税法

所得税法78条「1 居住者が・・・特定寄附金を支出した場合において、第一号に掲げる金額が第二号に掲げる金額を超えるときは、その超える金額を、その者のその年分の総所得金額、退職所得金額又は山林所得金額から控除する。

2 前項に規定する特定寄附金とは・・・

一 国又は地方公共団体・・・に対する寄附金(その寄附をした者がその寄附によつて設けられた設備を専属的に利用することその他特別の利益がその寄附をした者に及ぶと認められるものを除く。)」

 という規定があり、カッコ書きまでそっくりです。そして、この所得税法上の寄付金控除の趣旨・目的については、ある裁判例が、

所得税法78条所定の寄付金控除の制度は、公益的事業に対する寄付の奨励を目的とするものである」

 

 としており、あくまで「寄付」の奨励が目的であることを明確に述べるとともに、

「これを無制限に認めると種々の弊害が生じるためその適用範囲は厳格に定められており」

として、「寄付金」の弊害に言及しています。この「弊害」については、法人税法上の寄付金についての規定(一定額以上は損金に算入しないという制度)についての裁判例が具体的に

法人税法が一定金額を超える寄附金の額の損金不算入の制度を設けているのは、法人が支出した寄附金の全額を無条件で損金の額に算入するとすれば、国の財政収入の確保を阻害するばかりではなく、寄附金の出捐による法人の負担が法人税の減収を通じて国に転嫁され、課税の公平上適当でないことから、これを是正することにある」

と説明しています。この弊害は所得税法地方税法における個人(居住者)についてもあてはまります。

 つまり、我が国の税法は、公益的な寄付を奨励しつつも、税の減収やそれに伴う税の不公平という弊害・実害に対処すべく、寄付金を税から控除することを一定範囲に限定していることになります。

 さて、この「我が国全体の税の寄付金に対する姿勢・態度」という視点で今回のふるさと納税の議論を見直すとどうなるでしょうか。

まず、地方自治体への寄付を奨励する目的とは、当該地方の収入増と地元振興ということになります。

したがって、寄付金がなされても高額な返礼品を返すようでは、収入増が限定的になりますので、ふるさと納税という寄付金制度を、弊害を甘受してまで国が奨励し、設営する意味はなくなってしまいます。つまり、高額な返礼品は、ふるさと納税制度の根幹を揺るがす可能性を含んでいると言えます。

他方、地元振興という視点からは、地元産品を返礼品にするのであれば、寄付金(ふるさと納税)が自治体を経由して地元の産業に還元されますので、返礼品とセットのふるさと納税制度の存続理由となります。逆に言えば、地元産品でない物を返礼品しても、ふるさと納税を、弊害を甘受してまで国が奨励し、設営する理由はなくなってしまいます。つまり、地元産品以外を返礼品とすることは、ふるさと納税制度の根幹を揺るがす可能性を含んでいるといえます。

そうすると、今回の総務省ないし野田総務相の「ふるさと納税は制度存続の危機にある」という言葉は、我が国全体の税制又は税法の立場からは、それなりの説得力があり、単なる脅しと考えて開き直るのは、その先の展望が無いように思われます。

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落ち着きどころは難しい?−債務免除と安売りと税金

スルガ銀行の経営陣や個々の銀行員の責任はこれから厳しく問われていくと思われますが、それはそれとして、同行から融資を受けてシェアハウスを建てた人(スルガ銀行からの借主)について、今後どのような落ち着きどころを探るかは非常に難しいものと思われます。今回は、その難しさの一面を税法を通して考えることにします。

まず、スルガ銀行融資のシェアハウスの問題点の1つは、記事にあるとおり、銀行によるシェアハウスの評価額が、真の評価額の1.7倍、水増しされているということです。

この評価額はDCF法、つまり、シェアハウスとして入居者を募集し、将来上がる(はずの)利益を基に算出された額ですので、大まかに言えば、融資時の計画の約6割弱しか賃料収入が入ってこない可能性が高いことを示しています。想定の6割弱の収入で、スルガ銀行からの融資を返せるはずはありません。

では、借主が自腹で(赤字で)返済できるか?というと、スルガ銀行は顧客の資産について資料を改ざんして融資を実行したことからは、借主の自腹での返済もかなり困難と考えたほうがよいと思います。

つまり、借主としては賃料からの返済もできず、自腹で返済する資産もありません。この状態を「債務超過」といいます。

個人が債務超過になって、生活が回らなくなった場合の典型的な手段は破産です。破産とは、要するに個人のプラスの資産をすべて換金し、そのお金でできるだけ借金を返した上で、残りの負債を免除するというものです。ある意味非常にわかりやすく、公平でもあるのですが、シェアハウス以外に資産(自宅など)がある人にとっては、スルガ銀行スマートデイズの口車に乗ったがために、資産が0になる、というのはなかなか受け入れがたいところがあります。

この逆の解決が、スルガ銀行が借主に対する債権を全部放棄するというものです。この解決は借主がほぼ無償でシェアハウスという不動産を手にできるという問題があります。この事件でシェアハウス投資を行う判断をしたという投資家責任を借主に負わせるか否か?という問題以前に、無償で資産を手にできる人が出てくるのは、相当に不公平ということになります。また、実は次に説明する税金の問題もあります。

そこで中間案として出てくるのが、スルガ銀行にシェアハウスの所有権を渡すことで、借金を返したことにする解決です。これを代物弁済といいます。これは、不正を働いたスルガ銀行に不正により水増しされた価値分の損失を負わせるものであり、借主は何の責任も負わなくてよいか?との問題はあるものの、それなりに不正の実態に即した解決です。

しかし、立ちはだかるのは税金の問題です。

仮に、借主はスルガ銀行による1億円という評価を基に同額の融資を受けてシェアハウスを建てたが、実際の価値は6000万円だったとします。実際の価値が6000万円にしかならないからこそ、代物弁済という手段での返済を行うわけですから、建物の価値は6000万円である!というのが借主の主張ということになります。

そして、実際に借りた1億円との差額4000万円についてはどうなるか?というと、スルガ銀行から債務免除(債権放棄)を受けた、と考えるのが素直な構成です。ここで、「債務免除」を税法的に構成すると、

相続税法1条の4「一 贈与により財産を取得した」

にあたることになります。つまり、借主に贈与税が課税されるわけです。

仮に、4000万円の債務免除を受けたとすると、贈与税額は、

(4000万円−110万円)×55%−400万円=1679万円

となり、かなりの負担です。

では、これを避けるためにシェアハウスの価格は1億円だ!と強弁して代物弁済する、ということも考えられますが、これは代物弁済の動機とまったく矛盾しますので、国税当局が耳を貸す可能性は低いように思います。

そうすると、国が税法上の特例を作る形で救済スキームを立法化すれば別ですが、単純な代物弁済による解決はかなり難しいことになります。

このように落ち着きどころの難しい問題を生じさせたことも、スルガ銀行スマートデイズの罪と言えるかもしれません。

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